第2話
がつがつと食事を貪り食う音が、ひとけのない店内に響き渡っていた。
水分を失って、石のように堅くなったパンにかじりつき、チリコンカン――と呼ぶにはいささか心苦しい、くず肉と申し訳程度の僅かな豆が入っただけの、水気が多いスープで流し込む。
薄暗い酒場のカウンターで、男は一心不乱に目の前の食事をたいらげていった。
「ごめんなさい……こんなものしか出せなくて」
「そんなことはないさ。ここ数日、まともな食事にありついてなくてね。まるで、生き返ったような気分だよ」
詫びいるような少女の言葉に、男は人懐こい笑顔を浮かべて答えた。
妙な印象を与える男だった。一見すると流れ者か浮浪者のようにしか見えない風貌とは裏腹に、穏やかで人好きのする目をしている。
荒野で生きる男達に似つかわしくない、どこかちぐはぐな雰囲気をその身に纏わせていた。
「さしずめ、命の恩人といったところかな。お嬢さん、名前は?」
「わたしは……イリーナです。イリーナ・デュワーズ」
「デュワーズ……この店の娘さんかい?」
外にかけられた看板に目をやって尋ねる男の言葉に、イリーナは無言で頷いた。
「見たところ一人のようだけど、ご両親は?」
「父と母は……死にました。昨年、馬車の事故に遭って、そのまま……」
「そうか……嫌なことを思い出させたかな」
イリーナは静かにかぶりを振る。
「あの……。この辺りの人じゃ、ありませんよね。その……」
「……ああ、俺の名前かい? そうだな……それじゃあ、俺のことはアッシュとでも呼んでくれ」
「アッシュさん……ですか?」
男の名前を、イリーナは怪訝そうに復唱する。その口ぶりは、まるでこの場で思いついたものを口にしたように空々しく、不自然なものだったからだ。
「……“
カウンターの隅のほうから、吐き捨てるような声が聞こえた。痩せぎすで中年の男が、カウンターの暗がりに溶け込むようにして酒を飲んでいる。
まだ日も高いというのに、男は傍らにバーボンのボトルを抱えたまま泥酔している。手にしたショットグラスを呷ると、濁った目つきでアッシュと名乗った男を睨めつけた。
「……ふん、ガツガツと考えなしに食い散らかしやがって。そいつがこの町の人間にとって何日分の食事か、わかってやがんのか?」
「……ダンさん、やめて」
「ケッ」
覚束ない足取りで食ってかかろうとするダンを、イリーナが制止する。疑惑と敵意がこもった視線を、アッシュは涼しい顔で受け流した。まるでとりあう気がない態度に、鋭く舌打ちをする。
「おいテメェ、コケにするのも大概に……!」
「どうやら、お客さんのようだよ」
再び席を立とうとするダンを横目に、アッシュはぼそりと呟いた。ぎい、という音と共に、壊れかけたスイングドアが無遠慮に開かれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます