第5話

「朕の目の前で転んだ者から、あの時の非礼をわびるため来てほしいと言う文があり会いに来てみれば、その送り主が侍女に虐げられていたとはな。高容果、お主中々に数奇な者であるな」


皇帝が哀れみの目でこちらを見てくる。

侍女に虐げられる主なんて聞いたことが無いし、そんなものが世に知られれば、後世に残るほどの笑いものである。


しかし、皇帝の前で転んだだけで冷宮同然の景和宮に追いやられ、皇帝の妃が食べるとは思えないような粗末な食事を出され、侍女に虐げられるようになったのも全ては皇帝が私を冷遇したからである。


自分の行いのせいで年若い女子が虐げられる要因を作ってしまったという罪悪感を僅かながらにも生み出すことは出来た。


「はい。まさか私もこんなことになるなんて思っていませんでした。陛下が助けて下さらなければ、今頃は......陛下は命の恩人です。本当にありがとうございます」

「大げさだ。朕は愚かな侍女を許せなかっただけ。決してお前のためではない。これからは、身の回りに置く者をしかと見極めるべきだ。よいな」

「はい。肝に銘じます」


私の言葉に満足したのか、来たときよりも表情穏やかに部屋から去って行った。






「ふぅーー、やっと一息つける。皇帝の奴も、もっと優しい言葉をかけれないのかね。年若い女子がいじめられていたのに。」


心の内がつい表に出てしまった。

しかし、今まで我慢していたのだ。大目に見てほしい。


ずっとお偉方に気は遣わなければならないし、いやみは言われる。景和宮に帰ってきたら帰ってきたらで珍真に四六時中監視され、いやがされはされる、肩の凝る日々が続いていた。


まぁ、珍真を侍女に選んだのも、珍真をいらだたせいやがらせを加速させたのも私自身なのだが。


まさか、ここまで予想していたとおりに動いてくれるなんて。思わず笑みが浮かんでしまう。


けれども今回は半分。いや八割方賭けだった。


昨日、皇帝に文を送ったのは良いとはいえ、実際に来てくれるかは皇帝の気分次第。しかも私は皇帝の前で転んでしまっている。私が皇帝であれば、行かないだろう。


しかし、皇帝が世間の評判通り民想いで慈悲深い人物ならば。それが事実ならば、かけてみる価値はある。


結果として皇帝は来てくれ、私は見事運を勝ち取ったわけだ。いったんは安心できる。もう二度と運頼みというのは心の臓に悪いのでしたくないが。


「しっかし、珍真がいないだけでこんなにも快適なんて。もっと早く追い出せば良かったわーー」


すがすがしい気持ちで身体を伸ばす。


元々、姉の侍女だった珍真と私は深い接点があったわけではない。実家にいる頃も、姉の侍女という認識で放した回数も片手で数えるほどだ。


後宮勤めの経験があり、頼りになる。そんなものは表面上の理由に過ぎない。

何故私が関わりの少なかった珍真を侍女に選んだのか。

それは、最愛の姉の侍女だったからである。


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