第3話

「皇后様が優しい方で良かったわ。後宮生活も案外悪くないかもね。」

「お嬢様、そんな楽観的では困ります。お嬢様に何かあれば、私にまで被害被るんですから、注意しながら後宮では過ごして下さいね。」

「そんなことは起きないからそこまで心配しなくても大丈夫よ。この天子の庭で何が起こるっていうの」

「はあ、この能天気はまったく。」


珍真と他愛の無い話していると、不意に赤い髪が目に入った。


「あら、誰かと思えば陛下の前で無様に転んだ高慶常在じゃない。」

「ご、ご機嫌よう」


「令春宮に長くいたようだけれど。はあ......皇后様も人がよろしすぎます。こんな者のために貴重な時間を割かれるなんて。そう思わない?清玉せいぎょく

「クスッ仰るとおりです。」


侍女は主に似るって聞いたことがあるけれど、ここまで典型的なのは初めて見たわね。


「何か答えてみなさいな。どうしたらあんなにも醜く転べるのかしら」

「......その、質問を質問で返すようで申し訳無いんですが、一体どちら様ですか?」


怖いわ。急に知らない人から悪口言われて。

まさか、こんな人が妃に選ばれるわけ無いし。


「なっ」

「お嬢様、この方はお嬢様と同じく今回の秀女選抜で選ばれた張貴人ちょうきじんです」


まさかのお妃様だった!?!?!?!?しかも位も上だし。

まだ貴人になって日は浅いとはいえ、身分が上の人を知らないというのは流石に失礼だったかしら。


「あっ、ああ。覚えておりますよ。私と同じようにこけてた方」

「こけてねーわ。というか、こけてたのあんただけだわ......まさかこんな恥知らずだったとはね。ふぅーふぅー。まぁ、私は器が大きいから許してあげるわ。感謝なさい」


そう言って無理矢理笑顔を作っているが、目が笑っていないし顔も笑っていない。

しかしながら、身分の下の者の間違いを見逃すなんて中々器が広い。


「嬉しいです、ありがとうございます。ご温情に感謝です」

「ふんっ。生意気なのよ。次同じようなことがあれば、皮を剥いでやるわ」


前言撤回。全然見逃してくれていなかった。目なんか血走ってるし。


「ご無礼を失礼致しました。先を急いでおりますので失礼致します。」


別に急いでは無いけれど、これ以上何か言っても更に悪い方向にしか進まなそうなので、退散することにする。


「次に会うことを楽しみにしているわ」


表情と言葉が合っていない。しかし、流石良家出身。周りの目に悪く映らないよう、持ち直した。

入内早々、騒ぎを起こしたとなれば、皇帝からも良い印象を与えられない。だから、多少の無礼だけではこちらに手は出せない。






張貴人が完全に見えなくなったところで珍真が口を開いた。


「張貴人を覚えていないとは何事ですか!!

相手の身分が下ならともかく、上ですよ!?今回は運がたまたま良かった。ですが、次はそうはいきません。まさか、他の妃嬪様方のことも覚えていないということはありませんよね?」


そう言い、にらみつけてくる。


「こ、今回新たに入った人たちを覚えていないだけで、元々おられる方達は覚えているわよ」


鼻息を荒くして言ったが、元々私は覚えるのが苦手。

まぁ、苦手な者はしょうがないか。そう自分で言い訳を作って開き直る。


「いや、全員覚えとけよ。無能かよ」

「ご、ごめんなさい」


うぅ......怒られてしまった。確かに今回は運が良かった。

後宮では、一つの失敗が命取りになる。今後気をつけなければ。


反省をしている内に景和宮に着いた。外を見れば、もう日は暮れて、静寂につつまれている。近くの侍女に遣いを頼んでから、髪飾りを外していく。


もう寝よう


普通なら、皇帝のご来臨を待ちながら夜遅くまで起きていることだろう。特に今回新たに入内してきた者達にとっては、皇帝の新顔巡りを寵愛を得る好機と捉え、部屋を甘い香りで漂わせていることだろう。


皇帝の前で過ちを犯してしまった私には関係の無い話だが。来ないだろう。まぁ、そちらの方が気楽で良いけれど。


「まったく。また後宮に戻ってくる羽目になるなんて最悪よ。ただでさえ他の者には白い目で見られるのに、仕えるべき主が能天気で馬鹿な娘なんだから。本っ当についてない。早くここから抜け出したいよ」


珍真が大きな声で独り言を言っている。

多分、私や他の侍女、宦官達にも聞こえるようわざと大きな声で言っているのだろう。


夜で人が少なくなっているとはいえ、こんなに大きな声で言えば景和宮の者は嫌でも聞こえてくる。多分注意しても、止めてくれないだろうなと思いながら、小さくため息をついた。


まだ後宮生活は始まったばかり。これくらいで気が弱っていてはやっていられない。それに、我慢するだけが後宮で生き残るための流儀ではない。


耳を押さえながら、もう少しもう少しという容音の声が小さく響いた。


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