予期せぬ再会

「わかったよ」


 彼は渋々、俺の提案を受け入れ、現在に至るまで努力してくれている。ただやはり、苦手なことは覆せない。幾ばくかの感情の吐露は出てしまう。その際は、俺の背中に隠れてやり過ごすのが常となっていた。愚息を翼下に入れているかのような感覚に初めの頃はなっていたが、今はすっかり様式美さながらに咀嚼しており、不満や呆れなどの感情は一切ない。それでも、俺の背中に隠れた矢先、「さっさと消えろ。喧しい」と小さな声で漏らされた時は、肝を冷やしたものだ。感情の操り方を指南するほど、俺も自分を制御下に置いている訳ではない。ただし、舌禍や禍根を残す動作など、目につく振る舞いを見落として、立場を悪くするような節穴でもない。


 彼は生来は、意に反する感情を操ることが苦手のようだ。よく言えば素直で裏表のない性格だが、その忌憚ない態度は軋轢を起こす要因になり得た。俺達は、持ちつ持たれつの関係である。互いの長所と短所を補い合い、一人では発揮できない自分の本領を披露する。それが、カジノに於いてうまく作用し、賭け事に邁進するよりも金を稼げている理由だ。


「チリンチリン」


 扉の鈴が鳴った。俺達に続く来客だ。閑古鳥が鳴く場末のカジノだと思い込んでいた俺の見立てた間違っていたのかもしれない。


「ん?」


 店に入った直後にえらくすっとんきょうな声の出し方をする客だ。そう思って、一瞥した刹那、冷や汗が背中を伝う。


「なんだよ! 高橋と刈谷じゃないか」


 まるで同窓会にでも出席したかのような溌剌とした声色の調子は、学校という昔語りに役立つ青春の時代を思い出し、その郷愁が実際に日本足で立っているとしたら、それはそれは喜ばしいことだろう。しかし、巧まずして鉢合わせたのが、担任教師となれば話は変わる。


「……」


 予期せぬ再会に伴う思考の停止は、身体の自由を奪い、大道芸に因む凝然とした固さをもたらす。


「驚きすぎだろうー!」


 親しさに託けた背中を叩く行為は、上下関係を無意識に自覚した、教師と生徒ならではの厚かましさである。わざわざ鏡を持ち出さずとも、俺の表情が如何に強張り、拙い笑顔を湛えているかは、口角の角度や力の偏りから把捉できた。雪解けを待とうと思うなら、外の空気を吸うのが手っ取り早い。しかし、彼を残してこの場を離れるのは憚られた。


「だって、こんなところで会うとは思わないじゃないですか」


 どうにか言葉を吐き出しつつ、担任教師との会話を成立させようとする。


「それもそうだな!」


 豪快に笑うその姿は、教室での身持ちと何一つ変わりなく、「カナイ」は偶さか出会う場所としては似つかわしくない。郷愁に襲われるというより、奇妙さに追われ、尋常ならざる冷や汗の量が額から流れてくる。

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