厚顔無恥

「お、初めてだね?」


 どうやら、一度来た客の顔は覚えているようだ。人件費の捻出を嫌い、店長は一人で「カナイ」を切り盛りしている。客の一人一人を相手に商いをこなす為か、顔と名前の一致は条件反射のように咀嚼し、親しげに名前を呼ぶ。白髪混じりの頭に太い眉毛。目尻の下がり具合から、店長には生来の人懐っこさがあった。客との距離感が非常に近く、賭け事に於ける勝ち負けに関わらず、もはや遊びに行くような感覚で客は「カナイ」を愛している。


「どうも」


 俺達を快く迎え入れる店長の態度によって、他の客から浴びせられた厳しい眼差しは鳴りを潜め、目の前の賭け事に再び没頭し始めた。店長の匙加減一つで、居心地の良さが決まる。そのような雰囲気がありありと伝わってきて、店構えに相応しい排他的な場所であると把捉した。つぶさに目が行き届く店長の注意深さは、俺の背後でなるべく目立たないようにしていた彼を簡単に看破する。


「お友達同士できたのかな?」


 カナイの敷居を跨いだ瞬間、客は等しく店長の網に引っ掛かり、コソコソと悪知恵を働かせるのは土台無理な気がした。


「はは」


 彼の愛想笑いは初めて見たが、これほど下手な人間はなかなか見ない。五人掛けの横に長いテーブル席が、店長自らディーラーとなって、客を相手にする場所である。照明もそこだけを照らすように配置されていて、導線がきっちりと敷かれていた。


「テキサスナインポーカーだよ」


 先んじて遊びに興じていた客が、物見高い若者が怖いもの見たさで飛び込んできたと、早とちりをした衒学的な顔付きで教えてくる。


「へぇー」


 俺はその老婆心を馬鹿にするような賢しら顔を露払いし、阿るような声色とすっとんきょうな表情をぶら下げた。人間というのは、愛嬌が大事である。こ生意気な性格の持ち主は、往々にして杭を打たれてしまいがちだ。だからこそ、俺は彼の前に立ち、庇護下に置いている。


「どうやるんですか?」


 あたかもカジノに初めて来たかのように装うと、前のめりになって彼の壁となった。


「教えてやるよ」


 先客は、親切丁寧にルールの説明を滔々と始め、俺は空笑いに軽い相槌をうちながら、耳をそばだてているように振る舞う。


「勉強になります!」


 大仰に両手を打ち鳴らすと、囃し立てるのに役立つ納得感が忽ち整形され、客は大層満足そうに笑った。そして、俺の背中を叩いて言うのだ。


「目先の勝ち負けに感情的になったら負けだ。常に先々を見据えて賭けるんだ」


 カジノに於ける心構えも指南し始める客の饒舌さに、俺の背中越しに彼はさりげなく舌打ちをする。差し出がましい物言いや、凡そ自分が興味のない話題をとりわけ苦手としており、嘆息に始まって舌打ちに終わると、その場を風のように離れる。他者を顧みない自分本位な行動を情報の売買を始めた当初に指摘したことがあった。愛想を振り撒けとは言わない。だが、相手に気付かれないように、さりげなく発露するぐらいなら、俺も目を瞑る。

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