悪い気分
「暑いですか?」
店長がすかさず、客の体調を案じて声を掛けてきた。
「もう外は秋めいてるぞ」
季節からして、俺の今の発汗は異常らしい。担任教師は窓の外の景色を見やったあと、やけに冷めた目付きをする眼差しが俺に向けられた。
「大丈夫か?」
俺を慮る言葉のはずだが、正気を疑う意図が多分に含まれていた。俺はそんな扱いを受けて尚、従順にも頭を縦に上げ下げすることにより、仮初の配慮に対して素直さを装った。このまま世間話に跳梁しても不思議ではないと悟り、席から立ち上がる。
「少し話しましょうか」
賭け事に興じる訳でもなく、長物に話し出せば店長や他の客から蔑視を貰うと判断し、担任教師を連れてテーブルから離れた。
「お前ら、儲けてるのか」
そう推測したのも無理はない。腕につけている時計のブランドや服装など、明らかに安価で手に入るような素材では出来ていない。景気の良い風采から、担任教師に下卑た詮索をさせてしまった。
「ボチボチですかね」
儲けていなければ出ない謙遜をしてしまい、担任教師から嫌らしい視線を向けられる。
「イイねー。若いうちにこんな風に稼げて」
人生の折り返しを迎えたとはいえ、定年はこれからであり、老齢が遥か昔を懐かしむかのような遠い目をするのは、まだ早い気がした。それでも担任教師は、俺達がカジノを出入りすることに対して、心底羨ましげに語気を操った。
「そんな、収支はトントンですよ?」
俺がそう言うと、担任教師から肩に手を回され、「謙遜するな」と豪放磊落に身体を揺さぶられた。仔細顔を浮かべる担任教師は、まるで俺達が抜け穴でも使って金稼ぎに邁進しているかのような口ぶりをする。
「まぁいいさ。稼ぎ方は人それぞれあるもんな。でも、帰る時は気を付けろよ。嫉妬に狂った輩が何をしてくるか分からない」
先人の知恵として、俺達が危険な目に遭うかもしれない可能性を説いた。
「こんな物を携帯しているのもいいぞ」
担任教師は茶色いジャケットの裏側を広げて見せると、内ポケットに手を突っ込んで、黒い物体の先端らしき部分を披露した。
「それは?」
「スタンガン」
あまりに唐突なことに、俺は思わず目を丸くする。担任教師はジャケットを羽織り直し、物騒な身持ちをスマートに隠す。そして、ゆくりなく話し出すのである。
「四六時中、カジノに出張って客の情報を売って儲ける情報屋がいるらしいぞ」
背筋に流れた汗の轍の上を冷気がなぞり、襟を正すように身体が直上へ伸びた。
「それは厄介ですね」
軽い調子で答える俺のことを、鋭さに炯々たる目を拵え、担任教師が顔を覗き見てくる。
「何が厄介なんだよ。お前ら、イカサマでもやってるのか?」
それを慧眼と呼ぶには些か憚られたが、頭ごなしに否定するほどお門違いな間違いでもなかった為、直下に過ちを正すような弁の立ち方ができない。
「やめて下さいよ。やってる訳ないじゃないですか」
俺は声を絞って担任教師の指摘を取り消さそうとしたものの、その訝しさに染まった目付きは変わらなかった。
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