人間性

 相容れない人間は存在する。それでも、あけすけに拒否するような人間付き合いが下手な訳でもない。会話をする際は、波長を少なからず合わせて言葉遣いや語気を操った。


「どうも」


 俺が好んで身に着ける洋服の形や柄を熟知している店長は、入荷に際して俺の顔を浮かべたに違いない。何故なら、他の客が選ぶとは到底思えないほど、俺の洋服への拘泥は変わっていて、町中を歩いていると奇異な眼差しをよく向けられている。


「いらっしゃい!」


 明らかに俺を見て高らかな歓迎をする店長は、横にいる彼など眼中にないようだった。


「新しい服を仕入れてさ」


 来店早々、営業をかけてくる店長の案内に従って、店内の奥に歩いていく。そして、俺が如何に嬉々として声を上げるかを待ち望んでいるかのように、満面の笑みを浮かべた。目の前に陳列される服はやはり、袖を破り捨てたかのように袖口がほつれたダメージ加工に、ペンキが飛んだような模様が見受けられ、古着でなければ受け入れられない加工が至る所に施されていた。


「あれは、興味ないかな」


 寸暇に店長の気落ちしていく様子が目配せを送らずとも伝わってくる。俺にとってこの洋服は、酷評を送るには魅力的すぎた。「興味がない」と、一蹴することでしか、距離を取る方法がなかった。常連客に混じって賭け事に挑む服としては些か目立ちすぎる。そう思い、上記の言葉を送ったのだ。


「……」


 俺が店長の気を引いている間、彼は黙々と自分のお眼鏡に合う洋服を選んでいる。柄や文字などが象徴的に配された洋服の類いを避ける傾向にあり、とかく無地の洋服を選びがちだ。それならば、わざわざ個人が経営する店を訪ねる必要はなく、全国的にチェーン展開しているブランド品を安価で手に入れられる。そう助言してしまいたくなる時もあったが、彼は赴く店を選り好みしており、その拘りをわざわざ無下にすることはないだろう。


「アレにしようかな」


 もはやディスプレイとして機能していそうな壁の上部に引っ掛けられた羊革のジャンパーを指差す。期待に反する俺の洋服選びをまるで快く思っていない店長は、いじけたようにジャンパーを下ろしてくる。


「これでいいの?」


 当てが外れたことを悔やんでも悔やみ切れないといった様子で念押ししてくる店長は、俺への見立ててに対して過剰な自信が垣間見えた。その想定通りに演じるのは少々気に食わなかったので、俺は嬉々として言った。


「それが欲しかったんですよ!」


 俺は、嫌味な人間だ。だからこそ、イカサマを種に金を稼ぐと言う、小賢しい真似ができるのだ。そして、看破されれば袋叩きに遭うであろう危険なやり方を、彼を唆して巻き込めた。きわめて打算的な考えをもとに人間関係を構築し、物事を推し進める。この方法は、学生の頃に覚え、今に至るまで有効に利用してきた。そんな自分が嫌になるかと尋ねられれば、俺は迷わず答えるだろう。「まったく」とね。

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