買いに行こう!

「だからこそ、イカサマを見つけた時のリターンが大きいんだ」


 あまり乗り気ではない彼の背中を押すようにして進言する。そうすれば、正味十秒ほど思案に耽ったあと、頭を縦に二回振って「納得」の体裁を拵えた。


「俺も一緒に行くからさ」


 彼は能動的に行動をするような性格の持ち主ではない。誰かの後押しや助けがあって初めて、目の前の事物に取り組むきらいがあった。時折、面倒に思うこともあるが、彼の能力を遺憾なく発揮してもらう為には致し方ない側面が大きく、渋々ながら寄り添う。


「服装の種類が物足りなく感じてきたな」


 俺は、彼が袖を通す白い無地のティーシャツに、伸縮性のある青いズボンを交互に見やった。足繁く通うことになる来店状況は、得てして顔を覚えられてしまいがちだ。奇天烈な風采により、耳目を集めるのは以ての外。派手な装いで訝しさを誘うような真似は避けねばならない。 


「まぁ、目立たなければ問題ないさ。他の客のことなんて、興味を持って目を向けることは稀だ。眼前の損得にしか興味が向いてないんだから」


 俺はスマートフォンを片手で操作しながら、彼が憂慮する問題を捌く。


「そうは言ってもなぁ」


 彼は基本的に、心配性だ。想定する問題に対して侃侃諤諤とやり合い、ある一定の納得を得られて漸く、前向きな判断を下せるようになる。決して長物な石橋の叩き方ではない。俺からすれば、彼ほど用心深い人間はいないし、だからこそあらゆる問題への対処を考える訓練にもなるのだ。


「心配なら、新しいの買ってきたら?」


 唸り声を上げて苦悶する。分かっている。服屋を訪れ、店員を横に付けながら自分好みの服を選ぶ億劫さを悩んでいるのだろう。最近は彼が口に出さずとも、何に対して一歩踏み出せないのかが分かってきた。


「一緒に行くよ」


 俺がそう言うと、彼の曇り顔が瞬く間に晴れていき、ポケットの中に入れていた財布の持ち金を数え始める。一度決心がつけば、彼の判断は著しく向上し、前のめりになって物事に取り組むようになる。


「タンゴ」


 普段から贔屓にしている個人が営む小さな店だ。仕入れる洋服は、店長が直接足を運んで品定めし、選りすぐりの商品で店内を彩る。それにも関わらず、老若男女が喜ぶであろう品揃えをしており、必ず一着は気に入る洋服が必ず見つかる。


「やあ。今週は新しい品物を入荷したばっかりなんだ」


 世の中には多種多様な人種や思想が存在し、地球は人間という種の坩堝である。全てを知見の中に納め、理解しようとするのはあまりに尊大だ。何故なら、俺にとって理解し難いことの一つとして、身体に穴を空けるという行為があり、耳をまるで装飾品のように扱うことに怖気がした。「タンゴ」の店長は、左右の耳を穴だらけにしており、ゴテゴテと飾り付けて自らの趣味趣向を主張している。

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