カナイ

 押し引きが勝負の綱要であることを考慮すれば、上記の通り相手は決して真正面から挑んでくるような真似はしない。斜めから切り込むようにして裏をかき、利益を得ようとしてくる。カジノの運営側は、そんな邪な考えを持つ客に対して目を光らせ、常にイカサマと向き合っている。だがしかし、一日に何百人もの人間達の動向を何一つ見落とすことなく監視するのは不可能だろう。だからこそ、俺達がいるのだ。


「これはどれくらいになるかな」


 彼の高揚感は語気の端々に表れており、どのような値踏みを受けるか、包装された箱の前に鎮座しているかのように綻んだ。ただ、交渉を務める俺の推測だと、彼の期待に応えるような満足のいく結果は得られないと断言できる。軽微と言わざるを得ない合図を送り合うだけのやり方は、イカサマの導入部分でしかなく、それを指摘し退店を求めれば、水掛け論に発展するのが目に見えている。運営が有用だとし、大枚を払って情報を買う際は、決まってイカサマを現行犯で捕らえられることを前提としている。


「どうだろうな」


 それでも、彼を無下にすることはしない。俺達は友人関係ないし仕事仲間であるからして、共に上昇志向を有する必要があり、やる気を削ぐ一言は無用なのだ。


「キノズカは比較的、治安がいいよ。露骨にイカサマをするような無法者はいないし」


 コンビニで買った菓子パンをひと齧りし、右斜め上を見やって回顧している。


「なら、そろそろ場所を変えるか」


 一つの店に約一ヶ月間、寝泊まりするつもりで店内に滞在し、イカサマが行われている現場を抑える。その拘束時間に見合うだけの対価が支払われているかと問われれば、なかなか即答は出来ない。店が被っている被害の度合いや、イカサマに対する認識の違いなど、様々な角度から報酬の増減が決まり、それはまるで天気を占うようにあてどないからだ。


「カナイなんてどうだ」


 下見を終えた複数のカジノ店から、俺は「カナイ」を選ぶ。その店は、雑居ビルの中の一室を間借りして経営する特殊な営業形態をしていた。一見には敷居が高いカジノ店として有名であり、常連客が足繁く通う。店長と客の結び付きが強い店でイカサマを行うリスクは、他店より遥か高く、尋常ならざる胆力と抜け目ない技術力を必要とされる。そんなイカサマを働く人間をもし、看破できたなら、計り知れない報酬が望めるだろう。


「あそこは、狭いわりに至る所に監視カメラがあって、とてもじゃないけど……」


 彼の言う通り、店を謀る行為はあらゆる点に於いて困難を極め、もし「カナイ」でブラックリスト入りをすれば、遍くカジノ店から入店を拒否され、この国で二度と賭け事を嗜むことが出来なくなる。それは賭け事をこよなく愛し、一喜一憂する興奮を二度と味わえなくなる醍醐味を奪われることを意味した。

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