「私はしばらく、旅に出る」


 私が弟にそう切り出すと、案の定、弟は目を見開いて驚嘆した。

 

「旅!? いきなり、何を──!!」


 弟は椅子から立ち上がり、机をひっくり返す勢いで私に食ってかかった。今まで溜め込んでいた感情を、ぶつけられたような気がした。


「何、地の果てまで冒険する訳ではない。隣のフランスまで、行くだけだ」

「フランスって……!! そうしたら、僕たちの発明はどうなるんです!? 自動編み機を広める夢は!?」


 夢。私たちの、夢か。

 私は弟の台詞を反芻した。

 私たちの夢には、いつも私の作った機械があった。そして、私の愛する妻がいた。

 決して、忘れた訳ではない。忘れた訳ではないさ、弟よ。


「いいか。お前はここに残って、私の……」

 

 私は、弟の顔をはっきりと見た。

 私は妻のために、今までもこれからも、機械を作り続けるのだ。


「……私たちの機械の、改良を続けろ。今すぐに、とは言わない。だが、いずれ必ず、人々に認められる。いや、認めさせてやる」


 弟は、何も言わなかった。だが、不安と怯えが混じったような、そんな目をしていた。

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