Ⅱ - Ⅳ

 思ったよりも、じめじめとして嫌な日だ。雲から落ちる雨粒が、道の窪みに水を溜める。

 うねったガラスから外を見て、私は一つ、ため息を吐いた。


「お嫌いですか、こういう日は」


 作業室に招かれたマルジンは、埃っぽそうに咳をした。そう言えば、機械作りに熱中していて、換気をするのを忘れていた。


「特段嫌いではないが、かと言って好きでもないな。こういう日に使える魔術を、お前は知っているんじゃないか?」

「まさか。我々だって、都合の良い人間ではありませんので」


 それもそうか。機械だって、適当に組んだだけで、勝手に動いてくれる訳ではない。それと同じことか。

 私は一人で納得した。


「それにしても、今回も中々に良い出来ですね。小さくコンパクトで、持ち運びもしやすい。おまけに、我々の力があって、ようやく動き出しそうな具合です」

「おい、それは褒めているのか?」

「ええ、もちろん。控えめに言って、最高ですよ」


 マルジンは自分の手元で、私の試作品をいじっている。彼がここに来るギリギリまで、ああでもない、こうでもないと、試行錯誤していたものだ。後は簡単な調整をするだけなので、数日後には完成する予定だ。


「親愛なる、Mr.Lee。貴方に折り入って、相談したいことがあるのです」

「何だ、やけに改まって」 

 

 彼はしばらく押し黙っていたが、やがて話す言葉が決まったようで、ゆっくりと口を開いた。


「……フランスに、行きませんか?」


 France。その言葉は、私の心にすっと馴染んだ。

 フランスという異国の地には、現状を変えられるかもしれないという一縷の望みがあった。

 いや、何もフランスに限らない。ここではないどこかでは、きっと自分を受け入れられる。いつの時代でも、人はそう思うものだ。

 

 もしかすると、彼は私に切り出すタイミングを、ずっと図っていたのかもしれない。


「我々の仲間が、フランスのブルターニュにいるのです。仲間と合流できれば、貴方は今よりももっと自由に、発明に精を出すことができます。そこで名を馳せれば、貴方は立派な発明家になれますよ」


 彼はタバコを取り出して、慣れた動作で火をつけた。白い煙がゆらゆらと揺れ、徐々に空気と同化していく。


「見返したくないのですか? 貴方の機械を認めなかったこの国を。貴方の妻の命を奪った、この国を」


 私は思い出した。Armed Force of the Crownの、無慈悲な様を。魔女狩りに浸る、人々の冷めた瞳を。そして、妻に対して何もしてやれなかった、自分自身のことを。


「我々も悔しい。やれ魔術だ、異教徒だと言って、我々を貶めたこの世界が。ですから、変えたいんですよ。同じ情熱を持った貴方と、ね」


 どちらを信じる? 生まれ育ったこの国か、それとも目の前の異教徒か。


 ──……を、……て。


 妻の声だ。マルジンといると、妻の声がよく聞こえる。

 つまり、これが答えなのか? お前はそう言いたいのか?


「さぁ、いかがですか」


 私は大きく息を吸う。

 湿った空気が、肺に届いた。


 妻は死んでしまった。だが、私には分かる。妻はきっと、これを望んでいる。

 そう思いたい。思わずにはいられないのだ。

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