Ⅱ - Ⅲ

「そぉら、どいたどいた!」


 声の主は私をどんと押しのけて、この場の全員に知らせるように叫んだ。


「さぁさぁ、今から見世物だ! 魔女の死に際が見たい人は、この先の中央広場まで!」


 面倒なことになった。機械用のオイルが切れたので、買いに来ただけだというのに。

 私は暗い路地に入って、もうじき来るであろう人混みに備えた。

  

「魔女狩り、魔女狩りだってさ」

「嫌だねぇ、こんな街中でさ」


 噂話を好む女どもが、わざと聞こえるように話す。嫌だいやだと言いながら、内心は一番楽しみにしている、たちの悪い連中の常套句だ。


「全く馬鹿な奴だねぇ。非国教徒ってことかい? ここでは御法度だろうに」

「しょうがないさ。きっと知らなかったんだよ、つい最近越して来たばかりでさ」


 異教徒は論外だが、今やクリスチャンでも関係ない。別の街では通じる信仰が、この街では通用しないなんてことは、もはや日常茶飯事だ。


 お前が、魔女だ。いや、お前こそ。お前が、お前が。

 信じるものが違えば、対岸の者は全て「魔女」だった。

 

 珍物を見るために、見物人が列をなす。

 馬。紳士。犬。婦人。子ども。人、猫、人、人。


「あっ」


 その時、一人の子どもが足を止め、私の方を指差した。

 人混みで溢れた大通りで、私だけを指差した。


 ──刹那、私は寒気を覚えた。


 あの子どもは、私を見た。

 私を見た。私を見た。私を見たぞ!


 たまらずに、私はその場を走り去った。

 あの異教徒の言葉が、脳裏にくっきりと蘇る。


 ──貴方の手だって、同じようなものですよ。


 私も魔女になってしまう。

 魔女になる、魔女になってしまうのだ。

 彼らが「魔女」と言ったら、私は魔女になるのだ。

 機械にばかり精を出し、女王陛下に認められない私は、魔法使いになってしまうのだ。


 途中で転んで、足を挫いた。買ったばかりの、オイルをなくした。こけた。つまづいた。

 それでも走った。足を止めれば、捕まってしまうと思ったから。


 出鱈目に走りすぎて、私は袋小路に陥った。目の前は壁だ。もう逃げられない。

 私はきつく目を閉じた。


 ──何故、逃げる必要があるのです。


 声が聞こえて、顔を上げた。

 そこには、妻がいた。あの時と変わらない、優しい顔の妻が。

 妻は靴下を履いている。暖炉の側で編んでいた、あの暖かそうな靴下を。


 ──恐れることは、ないのです。信じるのです。今まで疑ってきたものを。


 信じる? 疑ってきたものを?


 ……そう思った瞬間、目の前の壁は消え、大通りに面した道に戻った。

 放心する私の頭に、妻の靴下の色だけが残った。

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