Ⅱ - Ⅱ


 それから私は、度々機械を作るようになった。

 機械を作ると、蘇るのだ。かつての妻のスカートと、風に靡く髪の色が。


 洗濯をする機械があれば、妻の手があかぎれにならずに済む。

 そう思って、靴下などを洗える小さな機械を作ってみた。

 暖炉の火を簡単に起こせたら、妻が暖炉の側で凍えずに済む。

 そう思って、木から素早く煙を起こせる機械を作ろうとした。

 

 これらの試みはそう上手くいくはずもなく、大抵は失敗に終わるのだが、その中の数少ない完成品が、私の心を和ませた。


 自分でも驚いたが、私は自分の空想を機械にするのが好きらしい。

 それはあの異教徒も同じことで、私が機械を完成させるタイミングを見計らって、がぁがぁ五月蝿いカラスを寄越した。


 マルジンは私が機械を作ると何でも褒めそやし、人々にも「自動で動く機械だ」と言いふらしたが、中でもりんごの皮剥き機が好きなようで、それからしょっちゅうりんごを食べるようになった。



「せっかくの良い天気ですから、ピクニックでもしましょうか」


 彼はいつも唐突で、突拍子もない言動をする。今日も気まぐれに私を呼びつけて、ひょいと腕を上げたかと思えば、いつの間にか私はストーン・ヘンジの丘に来ていた。

 もはや、驚くまい。異教徒の使う、マジックには。


 この場所は、巨人のように大きな石が、輪っかの形に並んでいる。

 最初に訪れた時には、皆何でこんな風になっているのかと不思議がる。だが、いつしかそれが当たり前になって、何とも思わなくなるものだ。


 私と彼は、適当な石に腰掛けた。


 このりんごをどうぞ、いやいらない、そうおっしゃらずに、と下らない会話をひとしきり繰り広げた後、彼はおもむろに空を見上げる。


「この石、お隣の島から持ち込まれたらしいですよ。我々のようなドルイドたちが、ひょいと宙に石を浮かせて、軽々と海を渡らせたそうです」


 今頃そんなおとぎ話、子どもですら信じないぞ。私はそう思いながら、足元に転がる小石を投げる。それは幾何学的に並んだ巨石の、似たり寄ったりな一つに当たった。


「そんなこと、お前たちは本当に信じているのか? 地元の古臭い連中は、これを『エデンの園の名残』と言うぞ」

「それはそれは、想像力の豊かなことで」


 彼はくすくすと笑っていたが、やがて真顔になって、私の顔をじっと見た。


「……貴方に一つ、真実をお見せしましょう」


 本題だ、と言わんばかりに、時が止まったような気がした。


 ──私の脳内に、色褪せた情景が流れてくる。


 ピラミッドを背景に、エジプトの王の側近が、「まじない」の言葉を口にする。

 霜の降りた冷たい大地で、ヴァイキングたちが「魔法」を信じて文字を刻む。

 これは……、何だ。知らない場所の、知らない誰かだ。知らない時代の、知らない奴らが、「呪術」の真似事をして遊んでいる。


「『魔術』がない時代なんて、今の今までありましたか?」


 ストーン・ヘンジ。この悠久の丘から、かつての「王」がこちらを見ている。

 燦々と燃える太陽と、長く伸びるstoneの影を背に。


 全て幻覚、幻なのだ。私はそれを振り払うために首を振ったが、同時にマルジンの言葉への答えになってしまった。


「ですから、貴方たちの理想とする『今』の方が、むしろ異質なのですよ」


 この情報量は、膨大すぎる。私は頭が痛くなった。


「……だからと言って、私にそれを受け入れろと? 私はお前たちを糾弾するつもりはないが、無論称賛するつもりもない」


 彼はしばし黙って、唇の端を小さく舐めた。


「では逆にお聞きしますが、貴方は上部だけ清廉潔白なクリスチャンと、罪深くも情熱的な異教徒、どちらがお好みですか?」


 ──反論は、いくらでもあるはずだった。だが私には、それができなかった。


 今の時代の人々は、堕落したカトリックに呆れて、プロテスタントを熱望した。この私も、神父ではなく、牧師の道を志した。

 それなのに、世界の仕組みは変わらない。最初は清く美しくあっても、やがては朽ち果て汚れていく。それはカトリックだろうとプロテスタントだろうと、同じことであった。

 だからこそ、私は「情熱的な信仰」という言葉に、弱かったのかもしれない。


「我々は、後者ですよ。もちろん、そこら辺の聖職者よりも、神々に対して忠実です。ですから、神々が与えた力を使うのです」


 うんざりしていたのだ。もちろん神にではなく、それを取り巻く人間どもに。だから人々は、その仕組みを変る努力はした。私とて、関与こそはしてないが、連中と同じ空気を吸っていたのだ。


 この異教徒は、我々が求めていた「情熱」を、持っているとでも言うのか。


「我々にだって、理屈があります。ただ、それが分からない、理解できない人は、それを魔術と呼ぶのです」


 ぬるい風が、頬を撫でる。私と彼を、同じように。 

 

「貴方の手だって、同じようなものですよ。だって、見たこともないような素晴らしい機械を、次々に生み出すことができるのですから」


 私も、同じだ。同じだ。同じ。

 脳の奥で反響して、目の裏を通って宙へ抜ける言葉。


「私は貴方の思う以上に、貴方の発明の腕を高く評価していますよ。ですから、もっと認められるるべき存在なのですよ、貴方は」


 ──……を、……て。


 その時だ。マルジンの言葉と妻の言葉が、重なったような気がしたのは。


「……認められる? この私が?」

「ええ、もちろんです。貴方の発明は素晴らしい。もっともっと、人々を驚かせるような、そんな機械を作ってほしいのです」


 マルジンの顔の奥に、妻の姿が見える。

 死の間際。機械の傍に佇んだ、妻の体が。


 ──妻よ。お前はそれが、望みなのか?

 妻は何も答えない。私の脳裏で笑っているだけだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る