Ⅰ - Ⅲ

 始まりは、私がプロテスタント……、牧師になることを辞めたところからだ。

 私は妻になる女性と出会った。彼女はほんの一瞬で、私を虜にしてみせた。


「あなたは牧師様になる道を捨てて、私を選んだ。ですから私も、あなたと一生を共にいたします」


 妻は真っ直ぐな瞳でそう言った。それが無性に嬉しかった。

 クリスチャンには後ろめたさがあったから、式は二人でひっそりとやった。祝ってくれたのは、親愛なる私の弟だけだった。


 牧師になれず、事実上「失業」した私は、ノッティンガムで私塾を営んだ。

 生徒は数人、授業も数コマ。これぽっちのことで、生計を立てられるわけがない。

 だから妻は、何か自分に出来ることを思い、靴下を編む仕事を始めた。


「靴下の編むのは、楽しいわ。けれど……」


 棒針に糸を絡めながら、ある日妻は言い淀んだ。


「……いえ、何でもないわ。気にしないで」


 妻は悲しそうな、疲れたような目をしていた。

 だから私は、「靴下を編む機械」という考えに至ったのだ……。

 

 ……ここからの話は、聞く人によっては退屈かもしれないが、とにかく私が靴下の機械作りに対して真摯であった点は、理解してもらいたい。


 想像したことがあるだろうか。「機械」が「靴下」を作るシーンを。

 少なくとも、私はなかった。弟もない。妻もない。想像さえしたことのない物を作るのは、実に大変な作業だった。


 毎日、籠って作業をした。弟も、私のわがままに付き合ってくれた。

 妻は私が進捗を話すと、目を細めて喜んでくれた。本当は、もっと安定した職に就いてほしいと思っていたのかもしれない。しかし、彼女は何も言わなかった。


 数年の時を経て、機械は完成した。だが……。

 ……壊したのだ。私が、一度、壊した。

 

 靴下職人たちの仕事を奪うことになる、と言われた。

 これは認められない、壊せ、とも言われた。

 だから、軍隊の監視の下で、破壊せざるを得なかった。


 しかし、私はこれしきのことで諦めなかった。私は約束したからだ。苦楽を共にした弟とは、この機械を国中に広めてみせると。そして愛する妻とは、この機械でお前を幸せにしてみせると。

 だから私はもう一度機械を作り、今度は国に直談判しようと、女王陛下に謁見したのだ。


 それが、ちょうど今日の出来事だ。


 結果はお分かりの通り、ものの見事に惨敗したが。



「なるほど、おおよそのことは分かりました」

 猫はすっかり鳴きやんでいた。仮に人が大勢いるのに、こんなにも静まり返っているのは、まるで違和感しかない。

 まるでここにいる全ての人間が、私の話を聞いているようだ。一言一句、漏らさずに。


「だが、嘘をおっしゃるのは、良くない」


 次の瞬間、音が一気に流れ込んできた。雨の音。椅子の音。猫の足音。みんな私を責め立てる。

 止めろ。私を嘘つきと言うな。嘘をつく私を笑うな。


「貴方の目は、貴方が思っている以上に正直ですよ」


 駄目だ。ドルイドは私の思考を読んでいるのだ。

 この男は、私の名前を言い当てた。嘘も見抜いた。こういう奴だから、この時代でも生きながらえているのかもしれない。


「話していただけますね? 本当のこと」


 つぅと、冷や汗が落ちた。

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