Ⅰ - Ⅰ

 ロンドン。ここは天気が変わりやすい。

 太陽は知らぬ間に姿を隠し、今は大雨が降っている。


 だが大抵の人間は、そんなことは気にも留めない。


 傘を差す人はいない。誰もが足早に通りすぎ、各々の家に入っていく。

 私はそれが視界に入らないように、薄汚れた路地裏でうずくまっていた。


 一体いつから、ここに座り込んでいただろうか。

 立ちあがろうと思っても、足に力が入らない。

 庇から垂れる雨粒だけが、私の髪に当たって冷たい。


 先ほどから、同じことばかり考えている。

 なけなしの金をはたいて、上等な紙を買ったのだ。その上に、死ぬほど神経を尖らせて、機械の設計図を書いたのだ。


 それなのに。私は目的を果たせなかった。


「失礼」


 ……女王陛下に謁見した。これまでの人生で、最も緊張した時間だった。

 だが私には、自信があった。弟と共に試行錯誤を重ね、やっとの思いで完成させたのだ。妻だって、完成した機械を見て、涙を流して喜んでくれた。


 それなのに。私は目的を果たせなかった。

 特許を取ることができなかった。


「失礼!」


 ……弟には、何と言えば良いのだろうか。

 悲しむだろうか。怒るだろうか。それとも、私に失望するだろうか。

 ……愛する妻には、一体何と言えば良いだろうか。もはや、想像することしかできない。


「失礼!!」


 この国は、もう駄目だ。イギリスは、もう駄目だ。

 私の機械は、ここでは認めて貰えない。

 ならば、どこだ。フランスか。そうか、フランスなら、あるいは……。


「『失礼!!』と、言っているのですが」


 ……呼ばれていたのか、私は? 重たい瞳を動かしてみると、確かに私の前には人がいた。


「入口を塞がれては困りますよ、ウィリアム・リー卿」


 ──思わず、顔を上げざるを得なかった。顔も知らぬ青年が、私の名前を言ってみせたのだから。


「当たりですか?」


 真っ黒のローブに、真っ黒のフード。間から溢れる金髪ばかりが、陰鬱な空気に似合わない。

 彼はくすくすと笑っていた。私を見て、くすくすと。

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