海の奥

水沢朱実

第1話

その日、私には珍しく、陸地から海を眺めていた。


海は、荒れていた。

海を見つめるうちにざあ、と土砂降りの雨が私を包む。


「痛・・・っ」


土砂降りじゃない、これは嵐だ。

雨が、こんなにも肌に痛いから。

海が、生き物へ、敵意を持っている。


”おおおおおお”


そんな声が、誰かを呼んでいる。

怒涛のような低いベースが、何も見えない海の奥から、叫んでいる。


・・・あ。


不意に、思い当たった。

海が、生き物へと敵意を剥く訳を。


ニュースで見て、不意に思い出したのは、


一つは、人懐っこいはずのイルカが、遊泳客の手に嚙みついたこと。

そして、もう一つは、クジラの群れが外国の海岸に多数打ち上げられていたこと。


それは、私たちへの警鐘なのではないのか?


”クウ”


ふと気が付いて、少し離れた場所を見た。


そこに、イルカの姿を、私は見た。


全身に赤い無数の傷。

仲間と離れたのか、たった一匹だけで、私の方に張り裂けるような声を上げる。


「どうしたの!」


”・・・クウ”


「あなたを傷つけたのは、誰?」


”クウ”


イルカは力を振り絞り、私に向かい、「何か」を遺そうとした。


けれど、それは叶わなかった。


イルカは弱々しく頭を上げ、それを最後に倒れた。


「やだ・・・」


「やだよ!お願い!やだあ!!」


近寄った時には、もうイルカはこと切れていた。


「どうして」


「・・・どうして!」


答える声はなかった。


たった一人の海辺で、一人泣いた。


イルカの魂は、海の奥で仲間と再会できただろうか。


そして、今度生まれ変わる時には、壊れた海ではない、あざやかな海に戻れるだろうか。

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海の奥 水沢朱実 @akemi_mizusawa

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