『進路万象カード』の世界に異世界転生したおっさんの話し

ヴォーダン

第1話

俺たち3人は10年ぶりに東京に集まった。


全世界で猛威をふるった流行病コロッチがおさまったからだ。


集まった場所は、俺が借りている六畳のせまい部屋。


俺の名前は、エムラボ。

35歳、独身、日本人だ。


◆◆◆


俺たちは全員の生存を喜び、ご飯を食べた後、子ども向けカードゲーム『進路万象カード』で遊んだ。


このカードゲームの世界観をチラッと読んだが、本当に子ども向けかと2度見した。


人生の進路や分岐点で選択を間違えたキャラクター達が、ストーリー中にどんどん死んでいくからだ。


子どもに何を学ばせようとしてるんだろ、これ。


いや、ゲームシステム自体は良くできていると思う。


竜人、獣人、天人、ロボット人が4すくみになってバトルをするだけなんだけどね。


俺は今日初めてさわっただけだから、そんな印象なんだけど、ほかの二人は完全にハマっているみたいだ。


30過ぎたおっさん達が久しぶりに集まって何やってるんだろうと思うが、これはこれで楽しかった。


◆◆◆


「なぁ、玄関の鍵、閉めなくていいの?」

集まった親友のひとり、ヴォーダン君がデッキからドローして言う。

・・けっこう時間経ったのにずっと『進路万象カード』やってるんだけど。


あー、ちなみに俺たちは同じ大学の卒業生。

年齢はそれぞれ違うけど同学年、同期生だった。


それに返すよう答えたのは、もう一人の親友キエン君だ。

「ヴォーダンさんさぁ、毎度思うけど気にし過ぎだって。人がいる所にわざわざ泥棒は入らないでしょ?」


この二人は東京にいたとき、いつも行動をともにしていた。

口げんかをしているように見えても、それはただの『日常会話』らしい。


ヴォーダン君はこのなかで一番年上なんだけど、ひとことで言えば変な人だ。

だけど義理堅いところもあると言えば、ある。

知り合ってすぐのころ、不要なものや食べ物をあげたら喜んでくれて、そこから仲良くなった。

あるとき、トラブルに巻き込まれて困った事があったんだけど、それとなく助けられたことがあるんだ。


そのことをキエン君に話すと、「あぁ、俺もそんな感じだったわ。懐かしいなぁ」と言った。

そして、「でもヴォーダンさんは恩義にあつい侍とか騎士じゃないよ。犬に例えるなら多分、野良犬。しかも付かず離れず、距離を保ち、こちらが倒れるのを待っている犬畜生だよ」と笑った。


やばい。そのイメージにぴったりだと思ってしまった。


「だから、こうやってヴォーダンは殺せるときに殺せってね!」


キエン君はそう言って、ヴォーダン君のライフをゼロにしてカードゲームに勝利した。


そして、俺に言う。

「エムラボ君はさぁ、何でヴォーダンさんを助けるの?」


キエン君のその助けるって質問は、3人で対戦中のときの話かな?

それはヴォーダン君が『たしゅけて、1ターンだけたしゅけて』って言ったからなんだけど。

まぁそのあと、「チャンスは普通逃がさんでしょ?びびらせやがって!〇ねや、エムラボォ!!」と、俺のライフをゼロにしたのはどうかと思ったけどね。


キエン君は俺より1歳年上。

性格的に少しこまかいところがある。

趣味が良く似ていて、今でもパソコンについてよく話をする。

だけど、身体が弱いらしく寝込んだり、頭痛のため冷えスギ君をつねにおでこに貼っていた。


それはヴォーダン君いわく、「体の限界を超えて集中するため、無意識に自身のすべてを焼いてる。だがそれも長所」だそうで。


いつものヴォーダン君らしく、よく分からないこと言うなぁと思っていると、玄関からものすごい音が聞こえてきた。


そして俺は意識を失った。


◆◆◆


「エム、エムラ、エムラボォォー!」


そんな声が聞こえ目を覚ますと、森の中にいた。


「おっ、やっと気がついたか」


何か妖精みたいな小さな生き物が、目の前にいるんだが。

それが気安くしゃべりかけてきた。


「とりあえず、黙って説明を聞いてくれ。俺はヴォーダンだ。どうやら俺達は異世界転生したらしい」


え?全然意味が分からない。


びっくりしてしゃべろうとしたが、「いや、そういうのいいから」と黙らされた。


目でも威圧をかけられてる気がしたので、口を押さえ、聞く姿勢になる。


「とりあえず、一から説明すると、俺たちはエムラボの家にいて、そこに複数のトラックが突入してきて全員死亡。だから玄関の鍵は閉めろと言ったんだよ」


いろいろ突っ込みを入れそうになったが、何とか自制できた。


「それで、3人とも神様のところに来たわけよ。そして『進路万象カード』みたいな世界に転生した」


もう我慢できない。

手をあげ、しゃべる権利を求めた。


ヴォーダン君はイラついた声で「どうぞ」と言った。


「あの、俺、神様に会ってないんだけど」


ヴォーダン君は「はぁ」とため息をついて、「それをさぁ、今話すとこ。まだある?さすがにもうないよね?」と笑顔になった。


よし!もうしゃべらないぞっ、と心に決めた。


「じゃあ、続けるよ。で、その神様がクソなやつで、とにかく急かすわけよ」


えっ、それ今やられてる。と思い、ヴォーダン君をじっと見つめた。


「なんだよ、その目は。そういうのやめてくれない?」


はい。目を閉じることにした。


「でだ。俺とキエンさんは種族とかスキルを組み終えて転生準備完了。だけど、エムラボはいつまでも目を覚まさない」


血の気がひき、冷や汗が出るのを感じる。


「それで神のやつがとうとう怒って、エムラボを処分すると言いやがった。だから俺は言ってやったんだよ。どうせ処分するなら、そのぶんを俺たちに分配しろってね!」


「はぁぁぁぁーーーーっ!?」

俺はこの妖精もどきを両手でつかみ、思いっきり締め上げた。


◆◆◆


ヴォーダン君は今、俺のほっぺたの上であぐらをかいている。


あのあと軽く腕をひねられ、引き倒されたのち、ボコボコにされた。

この妖精強すぎる。


「落ち着いたか?じゃあ話を続けるぞ?」


はいはい、もうお好きにどうぞ。


「その目は気に食わないけど、まぁいいや。それでエムラボのぶんを俺とキエンさんで分配。キエンさんはやることがあると言って去った」


そう言えばいないな。


「まぁ、おおよそ見当はついている。それはいいや」


いいんだ!?


「で、しぼりカスになったエムラボが可哀想だから助けようとしている。今ここ。 OK?」


俺をしぼりカスにした張本人が何言ってるんだと思ったが、ついつい「えっ、助けてくれるの?」と言ってしまった。


そうするとヴォーダン君は「当たり前だろ!」と、ニチャァって笑った。


◆◆◆


それから、何となく気づいたら10年経っていた。


その間にヴォーダン君とキエン君の二人は、この世界に平和をもたらした。


えっ、俺はどうしたって?


くそザコのままでしたw


ぶっちゃけると、もし2人が俺のぶんを吸収していなければ、全員すぐに死んでいたかもね。


結果オーライって事でいいよ、ホントもう。


あとは、現実世界に帰れる場所があり、そこを見つけるだけなんだと。


「あとちょっとだけ、冒険は続くぞ」だって。

・・・わぁ、うれしいなぁ。


◆◆◆


「それで、二人はマジでこの世界に残るの?」


ヴォーダン君はおどけてこたえを返してきた。

「俺たちの力が当分必要だしな。この世界は俺たちの友人みたいなものなんだよ」


相変わらず、意味不明だ。


キエン君も笑いながら言った。

「そうそう。もう少しこの世界を安定させないとね」


まぁ二人がいいなら、俺は別にかまわんよ。

全然この世界に思い入れないし。

「じゃあ、二人とも元気でな!あとで後悔しても知らないぞ、まじで!」


2人はゲラゲラ笑う。

「大丈夫、こっちのことはもう気にしなくていいよ」


「最後まで後ろ髪ひかれて、エムラボはやっぱ最高だぜ!」


はいはい、じゃあね。

別れがつらいと思ったのは、俺だけだったわ。


さて帰ろ。

確か、このさきに進めば現実世界に戻れるんだっけ。

なんか悔しいから、振り返らずそのまま向こうに行こう。

ゲラゲラ笑ってる声がまだ聞こえるし。

2人とも本当に性格悪いわ。


「絶対にこっちを振り向くなよ」


ヴォーダン君の最期のセリフはそれかよ。


本当にこの人は頭がおかしい。

言われなくてもそのつもりだよ!


現実世界へ帰る地点に到着した瞬間、ふわっと体が軽くなった。


遠くから、キエン君の声が聞こえた。

「エムラボ君との冒険楽しかったよ」


ヴォーダン君も珍しくまじめで、優しい声だった。

「向こうに帰ったら、俺たちの顔を見に行ってやってくれ」


「えっ?」


◆◆◆


目を覚ますと、俺は病院のベッドに寝かされていた。


どうやら、現在流行しているコロッペンというウィルスに感染したようだった。


世界中で今、これがパンデミックになるのではと恐れられている。


死亡率がかなり高いらしく、俺は運が良かったと医者に説明された。


何でも、俺の心臓は一度完全に止まって死亡と診断されたようだ。


でも、なぜかそこから息を吹き返し現在にいたる。


俺の身体を調べたらしく、2人分のコロッペンウィルスが体から無くなってたとか、どうとか?


2人分ってどういう数え方だよ。大丈夫か、この医者。


◆◆◆


一番うえの兄貴夫婦が子どもを連れてお見舞いに来た。


感染する可能性があるから来るなと言ったんだけどなぁ。


どうやら、このウィルスは子どもには感染しないらしい。


ついでに持ってきてもらった俺のスマホに目を通す。


すると、ヴォーダン君とキエン君の家族のかたから連絡がいくつも入っていた。


なんだなんだ?

うーん。

とりあえず今は気にしなくて大丈夫だろ。


おっ、いてて。

このけつを叩かれたような痛み!

まだ俺のからだの中に悪いのが残ってそうだわ。

ふぅ。


それにしても、兄貴夫婦の子どもが持ってる『進路万象カード』ってどこかで見たことあったかな?

どうしてだろう。

初めて見る絵柄とキャラクターなのに、すごく懐かしい気がする。



end

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『進路万象カード』の世界に異世界転生したおっさんの話し ヴォーダン @vodan

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