後編 同じ時間を


「もしもし、うん。駅着いたよ。うん、待ってる」


帰ってきてしまった

なんとなく、こうちゃんが死んでから

地元の風景を見るのが怖くなった


だって、この風景には

いつだってこうちゃんがいた

もうどこを見ても

名前を呼んでも

こうちゃんはいない


その事実を受け入れたくなくて

高校卒業して逃げるように上京した

お盆も大晦日も正月も、同窓会も

ずっと逃げてきた


恋からも逃げた。好きな人なんてと

でも逃げても逃げても、好きだと追いかけてきたから

私も答えなきゃと思った

初めて、こうちゃん以外に好きな人ができた

分からないことだらけだった

今もそれは変わらないけど


それでも、ちゃんとできてるんじゃないかなと思う

あの日からずっと

逃げて逃げて、逃げてばっかだったけど

同時にがんばることをやめなかったから

でもたまに後ろ向きになって


「こうちゃん、私ね......」


なんてよく独り言を呟いてしまう


来月、またこっちに来て

結婚の挨拶して、向こうの両親の方にも行って

入籍とか式とかは来年になるかもな


「夏呼ー」

「お父さん...」


迎えに来てくれた父の車に乗る


「夏呼、東京で上手くやれとるか?」

「まーそこそこだよ」

「そうか。でも帰ってきたってことは昊大くんのこと、昔よりは気にならなくなったんだな」

「そんなんじゃないよ。ってか多分一生忘れられないと思う」


『でもそれでいいって、思えるようになったんだ』


成長したなとしんみりしている父

もう10年だもん。そりゃ私だって大人になるよ



「こうちゃんのお墓参り、行ってくるね」

「気をつけてね」

「うん」


気をつけてなんて言われたけど、家から徒歩10分の距離だし

田舎だから滅多に車も自転車も通らないし


「久しぶり、こうちゃん」


私、好きな人ができたよ

きっと結婚もする

私、大人になったよ


私......幸せになっていいのかな


『いいよ』


え?空耳じゃないよね?

10年ぶりに聞いた、もう聞けないと思っていた大好きな人の声


『でも俺...』


きっとずっと聞きたかった

こうちゃんの口から、好きだって聞きたかった


『やっぱり夏呼と同じ時間を過ごしたかったなあ』


言っちゃダメだ。私もって言ったら

こうちゃんは優しいから、全部自分のせいにしちゃうから


『夏呼、好きだった』

「私も......大好きだった」


一瞬、こうちゃんの姿が見えた気がした

気のせいかもしれない

声が聞こえたことも、好きだったと言われたことも

全部気のせいだったのかもしれない

それでもいい


気のせいだったとしても

すごく嬉しかったから



「もー、そんなに泣かないでよ」

「あなたったら、もう...夏呼が安心してお嫁にいけないじゃない」


大号泣している父をどうにかして

一緒にバージンロードを歩く


こうちゃん、私幸せになるからね

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遇えない人に遭いたい話 曲輪ヨウ @kuruwa_yo_u

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