27 部活動

 真夏の太陽が照りつける中、懸命に走る生徒たち。グラウンドには蜃気楼が立っている。額に流れる汗は美しく輝いているが、本人はきっと辛いと思っているだろう。久しぶりに訪れた部活動の練習は、想像以上に過酷なものだった。


「あと一周! ラストー!」


 女子マネージャーの声がこだまする。「はい」とも「えい」とも聞き取れるような返事をして、一、二年生のグループが目の前を駆け抜けていった。彼らは長距離が専門で、うち一人は今年のインターハイに出場した実力者だ。最後まで粘ろうという強い気持ちが、見ているだけでも伝わってくる。


「ラストー! 三十七、三十八、三十九、四十——」


 ゴールラインを通過すると同時に、選手たちは次々と腕のストップウォッチを止めていく。はあはあと息を切らせながらテントに入ってくる彼らの顔は、暑さと疲労に歪みながらも、どこか幸せそうに見えた。気のせいだったら申し訳ないが。


「お疲れ様」


「ありがとうございます」


「お疲れ様」


「……うす」


「お疲れ様」


「……はい」


手当たり次第に声をかけるが、みんな反応はいまひとつだった。当然だ。炎天下での練習がやっと一段落したところなのに、ごくまれにしか現れない副顧問に労われても、返答に困るだろう。私はちょっとした寂しさを覚えつつテントの隅に移動して、他のパートの様子を見た。もうすぐ外周を全力で走るということで、入念なストレッチや軽いジョギングをしていた。


「はいじゃあ、ミドルとスプリントの人は正門前にお願いします。ロングの人はダウンしてください。あ、先生も一緒に正門前まで来てください」


「えっ、僕も走るんですか」


「いえ、あのー、岡崎先生はいつも門の前で檄を飛ばされるので。先生も走りますか」


「いや、遠慮しとこうかな」


「え~?」


 生徒たちにわあわあ騒がれたが、貧血なのを言い訳にして、ダウンのときに一緒に走ることになった。外周一周はおよそ七百メートル。今から選手たちは短距離走並みのスピードで走り抜ける。


「On your marks. Set……go!」


男子のエースたちが一番初めに飛び出していった。


「五秒前。Set, go!」


次に女子の実力派選手。何度か繰り返して、全員が出走した。


「当たり前だけど、みんな速いですね。僕みたいなおじさんは体力も瞬発力もないから……若いっていいですね」


「そうですかね」


 私の本音を聞いて、マネージャーは二人とも苦笑した。


「そうだと思いますよ。若いうちはそんなこと思わないだろうし、僕も感じたことなかったけど、四十歳を過ぎるといっぱいガタが出てきますから」


「岡崎先生もたまにそんなことおっしゃいます」


「そうでしょう。岡崎先生は僕よりも年上ですから、みなさんを見ているとなおさらご自身についていろいろ考えることがあるのかもしれませんね。岡崎先生からすれば僕でもまだまだ若造ですし」


「えっ、松田先生って今何歳なんですか」


「四十五です。今年で四十六です」


「えっ」


女子生徒は口を軽く押さえている。これはどっちなんだ。


「老けて見えます?」


「……はい。えっと、少し」


私は思わず笑ってしまった。女子生徒たちも、ややひきつった表情だったのがゆるくなった。


「大人の老け顔はあまり得しませんね。昔は年上に見られるってうれしかったんだけども」


「いやでも先生はカッコいいから……」


「そうですよ。この学校の先生の中では上位にいると思います。ていうか一番イケメンかも」


まさかここまで褒められるとは。


「ほんとですか。でも徳永先生には劣るでしょう」


「徳永先生?」


「ああ、学年が違うのかな。三年生で世界史を教えていらっしゃるんだけど。若い先生ですよ。あの、髪の毛を染めてて、鼻筋がまっすぐ通っている方です」


「えっ、世界史って、二年と三年おんなじ人じゃなかったっけ」


「違う。……いや、同じかも。文系じゃなくて理系の世界史」


「うわあ、接点ない」


「今度ちょっと見てみようかな。こっそり」


 彼女たちをほくほくさせながら青春談義をしていると、男子の先頭集団が戻ってきた。それを皮切りに、続々と選手たちが帰還する。


「終わった人はダウン行ってください。お疲れ様です」


(ああ、あっという間に)


私はしぶしぶ靴ひもを結び直し、その場で軽くジャンプしてみた。不調ではなさそうだが、帰ってくるときには今にも死にそうになっているだろう。せめて主力陣と走るのだけは避けたい。伴走者の速さはの健康に関わる。


「最後の人と一緒に走ってもいいですか。体力的に速い人たちと一緒に走るのは……あれなので」


「はい。どうぞ」


「ありがとうございます」


 ささやかな準備運動をしていると、不意に女子主将がマネージャーに声をかけた。


「あれ、ユキちゃんは?」

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