26 「お兄ちゃん」

 私は当初、弟のいなくなった世界に順応することができなかった。しばらくは喪失感から立ち直れず、忌引き期間が終わった後も、とても学校に通う気にはなれなかった。それに加え当時私はいじめられていた。友達はいたが、彼らとのおしゃべりよりも、いじめっ子たちからの言葉の方が悪い意味で心に響いた。お気に入りの本を片っ端から読んでも、途中でやめることが多くなった。幼い私の精神には、最愛の弟の死は刺激が強すぎたのだ。だが、いつまでも授業に出席しないのはよくないことだと自分でも分かっていた。私は読書でも癒しきれない心の傷を治す手立てを、自らの力で見つけねばならなかった。


 私たちの宗派の教えでは、亡くなった人は亡くなった瞬間から既に浄土に生まれている、とされている。気持ちの整理がつかず落ち着かない私をなだめるとき、周りの人はいつもこの話をした。悲しい顔ばっかりじゃ光明くんも悲しがるでしょう、光明くんはお浄土から見守ってくれているのだから、光照くんも安心して笑顔でいなさい——概ねこんな意味のことばかりだった。私にもう少し純粋さがあれば、ここで弟に対する執着を断ち切れたのだろう。だが私には、弟の死をただの死だと捉えることができなかった。私は心の内のどこかで、光明はまだ生きていると信じていた。この場合の「生きている」とは浄土にいることではなく、まだこの世にいるということであった。特に根拠はなかったものの、私はそこに安らぎを見出した。光明はまだ生きている——お浄土ではなく、私と同じ空の下にいる。肉体がなくなっただけで、魂は常に私と共にあるのだ。そう思うだけで、かつて光明と共に過ごした日々が眼前に蘇ってくるような気がした。その日から私は平穏を取り戻した。


 その後、歳を重ねるにつれ私はいろいろな人の死を経験した。しかし、なぜか光明の死はいつまでも別格だった。幼少期に経験した最も近しい人の往生ということもあるだろうが、それだけが理由ではないようだった。なぜ私はあのとき、わけもなしに光明が生きていると思ったのか。それは今日の私でも知り得ないし、あのときの自分に訊いても分からないままだろう。何せ、子どもながらの直感と思いつきだったのだから。


 八歳の私が生み出したその死生観は心の傷を癒してくれた一方、私の性格に大きな弊害をもたらした。おかしなことに、私は四十過ぎになっても、光明に対する拘りを未だに捨てきれていない。いい加減幼い日の妄想は捨てて、両親や祖父母に対するようにきちんとその死に向き合いたいのだが、自ら作った薬が毒となって自分を苦しめているらしい。一つの考えに固執したくはない。私はもう成長して、次の段階に進まねばならない。なのに私のどこかは光明に対して常に幼稚な「お兄ちゃん」でいるのだ。だから普段は忙しくして、(彼には悪いが)あまり光明のことは考えないようにしている。頭の中に浮かび始めたらおしまい、途端に私はか弱い少年に戻ってしまう。


 私は首を横に振った。


(……好きだったキャラメル、置いておくから)


 私は黄みの強いオレンジ色の小さな箱のラベルを剥がし、ふたを少し開けた状態にして、改めて墓前に供えた。隣にはエーデルワイスとピンクのカスミソウ。花言葉だけで選んだから、フラワーアレンジメントとしてはあまりよろしくないかもしれない。


(……じゃあ)


 今日の黄昏はひとり感傷に浸る人間には似合いすぎている。

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