18 職業病
「お待たせしました、ペンネ・アラビアータと、濃厚ホワイトソースとチーズのリゾット、そしてピッツァ・マルゲリータになります」
「あ、ありがとうございまーす」
私はパスタ、梓はリゾット、そして二人で分け合うためのマルゲリータ。どれも熱々で美味しそう。
「いただきまーす」
辛いもの好きな私は、お手並み拝見、といったように、ペンネをふたつソースに絡め、口に入れた。——やさしい辛さだな。やっぱり女性客が多いから控えめにしてあるのかな。……あっ、いや、来た来た。おお、後から来る。ずっと食べてたら結構辛いかも。カップヌードルチリトマトよりは断然辛い。さすがにペヤングの獄激辛よりは余裕だけど。
「辛い? それ」
「うん。思ったより来る。でも旨みがあるからいい感じ。そっちは? 美味しい?」
「うん。めちゃくちゃ美味しい。チーズとご飯が焦げてあるのがいい」
梓はニコニコ顔だった。
(よかった、喜んでもらえて)
私たちは食事をしつつ、しばらくさっきの続きを喋りあった。梓は梓で大変らしい。生意気というか、何か言うたびに言いがかりをつけてくるような学生がいて、その人にしょっちゅう悩まされているという。
「レポート課題を出すでしょ。一五〇〇字って上級クラスの中間課題にしては標準的でしょ。『他にもやらなきゃいけないことがあるので無理です』って、言われるのぉ。いや、みんなそうだよ。あなただけ免除っていうわけにもいかないんだよこっちは。それで成績評価するんだから」
「あはは」
「あははじゃないよぉ。差別じゃないけど、大体そういうこというのって中国とか韓国の学生なんだよなぁ。アメリカとかイギリスとか、同じアジアでもインドとかインドネシアとか、フィリピンとか、その辺の人は違うよ。台湾の人もね。あっ、体感ね、体感。私の個人的意見。国民性なのかもしれないけど、なんかイラッときちゃう。うん。まあ、日本語教師をするからには避けられない問題なんだけどねぇ、文化の違いって」
彼女はふーふーと息を吹きかけてリゾットを冷ました。
「そっかあ。異文化コミュニケーションってなかなか難しそうとは思うけど、同じアジア圏、しかも隣国の人でもそんなことあるんだね」
「うん。いつもだよ。せめて『これやってください』ってことには、よほどのことがない限り普通に『はい』って返してくれると嬉しいんだけどな」
「ふふふ」
はあ、と彼女はため息をついた。
「あとは職業病。さっき、店員さんが『ピッツァ・マルゲリータになります』って言ってたでしょ」
「うん。なんで?」
「『ピザになります』って、学生に聞かせたら、ピザじゃないものが運ばれてきたように思うだろうなぁって。『ピザじゃないんだったら今ここにあるのは何ですか?』って訊かれそう」
私は大学で受けた日本語教育のための文法の授業を瞬時に思い出した。
「ああそっか、『なります』って、だめだったね」
「うん。『ピザでございます』ならいいんだけど。……すごい。このピザ、めっちゃチーズ伸びるよ」
梓は先っぽをくわえたままピザを引っ張って、にょい~んとチーズを伸ばした。
「お行儀悪いよ、梓」
「ごめんなさあい。ところで、紗希も職業病みたいなのあったりするの」
「うーん」
あるにはある。日本語教師ほどひどくないとは思うけれど、それでも癖になっていることはいくつかある。
「自分が読みたい本を探しに図書館とか本屋さんとか行って、立ち読みとかしてると、『あっ、これ授業で使えそうだな』とか思って、結局その手にしたのは授業で使うための作品だった……みたいな」
「はえ~」
梓は目を丸くした。
「えっ、教科書に載ってる小説以外にも授業で扱う文章があるってこと?」
「うん。まあ、小説だけじゃなくて、評論文もあるんだけど」
「へええ。他の人もそんな感じなの」
「うーん、どうだろ。頻繁にやる人もいれば、ごくたまにしかやらない人もいるって感じかな。私の師匠、教務主任の先生なんだけど、その人は単元が終わるごとにやってる。『ことばの森に寄り道しよう』ってタイトルつけて」
「ふうん」
梓は少し間を置いて、私から目をそらした。
「……その教務主任の先生って、紗希が『高校のとき好きだった』って言ってた人じゃなく?」
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