17 ランチ

 今日は友達とランチ。二つ隣の県に住んでいる大学の友人が、今年から勤め先が近くになったというので、折を見てご飯に誘った。同じ学科だったけれど、私は国語教師、彼女は日本語教師になっている。なんでも、有名な私立大学の留学生相手に非常勤で日本語を教えているとかで、なかなか忙しいらしい。近況報告のメールが来るたびに、私も頑張らなくちゃ、と己を奮い立たせてきた。


 待ち合わせ場所は彼女の勤務先にほど近い駅。そこから人気のレストランカフェへと向かう。


「まだかな。……あっ、いた。おーい」


「紗希! お~い! 久しぶり~!」


 改札の向こうから聞こえてきたのは、大学時代何度も聞いた彼女——西原さいはら梓——の声だった。会うのは三年ぶりだけれど、ボブヘアも、トレードマークの眼鏡も、体型も、ほとんど変わっていない。そりゃそうか。


「久しぶり。変わってないね」


「そっちもだよぉ。相変わらずの美人さん。そうだ、改めてだけど、結婚おめでとう。これ、お祝い」


「ええ! 別にいいのに」


 梓はやや大きめの紙袋を差し出してきた。


「ううん、もらって。あたしのお母さんの分まで入ってるから」


「ええっ、お母さんも。ありがとう。ありがたくいただきます」


 目的の店までは徒歩五分くらい。都会なだけに、人の行き交いの多いこと多いこと。休日だからなおさらだろう。


「予約してあるから、待つ心配はないと思うよ」


「そっかそっか、それがいいね。あっ、もし名前間違えて『今井』って出ちゃったらごめんね。『岸本』だもんね、今は」


 ほどなくして、レストランカフェ「トラットリーア」に着いた。イタリア料理の店で、一階がレストラン、二階がカフェになっているのだった。少し早めの時間帯に取っておいたつもりが、すでに中は人で埋まっていた。


「うわぁ、いっぱい。予約してくれてありがとう。してなかったらと思うと……」


梓は笑った。


「いえいえ」


 私たちは予約の時点で料理を注文していた。席に着くなり追加注文を尋ねられたが、食べきってからじゃないとわからないよね、ということで、ひとまず事前に頼んだものが来るのを待った。


「どう、国語の先生。高校生だったらまだやりやすいか」


私は「うーん」と唸ったあと、こう答えた。


「まあね。六年目にしてやっと慣れてきた、って感じもする」


「そうなんだ」


「うん。国語ってほら、現代文はともかく、古典って何のためにやるのっていう子が多いじゃない。文系はまだしも、理系は特にね」


「そうだねぇ。それ思ったら大変だね」


私は高校時代は古典派で、むしろ現代文を学ぶことの意味がわからなかった。もちろん教師となった今ではどちらも大切だと思っている。


「うん。最近ようやく体が動くようになってきたから、自分なりにゆっくり考えるってこともできつつあるけど、赴任したてのころとかはもう……夜眠れなかったもん」


「ストレスで?」


「たぶん。生理止まったし。二ヶ月くらい」


「えー。やばいじゃん」


 そんなことを話していると、早速料理が運ばれてきた。

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