16 対等な関係
松田先生と過ごした一年間は、中高六年間で最も充実していた。最初は新しい先生ということでみんな緊張気味だったが、先生は意外と面白い人だとわかると、クラスの絆は一気に強くなった。それが象徴的に表れたのが体育祭の変身コンテストだった。男性教員は女性に、女性教員は男性に変身し、クオリティーや独創性を評価するといったもので、私たちは先生をどんな人物にさせようか、準備期間じゅうずっと爆笑しながら相談していた。
最終的に先生はその美貌を買われて、中世ヨーロッパの一国の女王となったのだった。痩せ型の長身、彫りの深い顔は、絵画に描かれたような雰囲気を醸し出しており、他の先生とは一線を画していた。ドレスの試着をしてもらったとき、鏡の前で先生は頬を赤らめた。
「こ、こんな体験は初めてなので……とても照れますね」
これまでに見たことのない表情と声の調子だったので、衣装係だった私と友人たちは思わず吹き出してしまった。それを見て、先生はますます顔を紅潮させるのだった。
「べ、別に、嫌とかそういうんじゃないです。ただ、法衣を着る以外だと、こんなに裾の長い服は着ませんし、こんなに色鮮やかなものも……」
コンテストの結果は見事先生が、いや「エリザベス・M・ペッパー女王」が最優秀賞に輝いた。ちなみに「ペッパー」とは、縦割り団の団長だった男子バレー部主将が疲れすぎて先生の名前「こうしょう」を「こしょう」と言い間違えたことからきている。先生も大いに笑って、「これからはペッパー先生って呼んでもらってもいいですよ」と冗談交じりに言ったほどだった。
先生は知的で落ち着いた雰囲気なのにどこか抜けている。なんでもないことは忘れやすいし、国語科通信におやじギャグを書き連ねることもあったし、自分の間違いに気づいたときの声はとんでもなく大きい。だが、決して生徒を叱らず、それによってなめられることもなく、他の教員たちとも良好な関係を築いているように見えた。生徒からの信頼も厚く、その外見も相まってか、一部女子たちの間ではファンクラブができていたという(詳細は不明)。しかし、そういったものができるのも頷けるくらい、先生は人気があった。
一方、私が先生を見る目は、他の人とは違っていた。ファンクラブに所属していたような女子はまだかわいいものだ。これこそ今思い返せばの話だが、そのころの私は明らかに先生を恋愛対象として見ていた。同年代の異性に全く興味がなかったわけではない。しかし、大人の男性である先生が、彼らにはない魅力を持っていたのは自明だった。常に漂う大人の風格、洗練された振る舞い、膨大な知識量、垣間見えるユーモアのセンス。普通の人なら「人生経験の違い」と片付けてしまいそうだが、少なくとも私はそうしてはいけないと考えていた。恥ずかしいことに、私は先生と対等な関係になれると思っていたのだ。先生が独身と知ったときには、歴史屋でのことも重なり、「運命の出会い」という六文字をしきりに心の中で唱えたものだった。
しかし、あの日から——あの出来事があってから、そんな浮かれた気分は冷めて、私はまた異なった眼差しを先生に向けるようになった。
授業終了十五分前、話し合いが終わった。私はふと教務主任の席を見た。先生はいなかった。
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