11 国語が好き

「今日のロングでは先週に引き続いて学園祭のことをやります。もうみんなに任せてもいいかな?」


「はーい」


「オッケー。じゃあ、実行委員さん中心に進めていってください。私もちょっとやることがあるから、何かあったら職員室に来てね」


 授業開始一分で教室を出た。期末考査の問題がまだできていない。まずい。もう来週なのに、半分も完成していない。私は駆け足で職員室に飛び込んだ。スカート履いてこなくてよかった。


「すみません早川先生、お待たせしました」


「ああいえいえ、岸本先生。なにもそこまで焦らなくてもいいのに」


「今はとりあえず一秒でも早く仕上げてしまいたいんですよ……」


「そりゃそうだ」


早川先生の太い笑い声が部屋に反響する。それにつられて私も笑った。


「ああ、そっちの席でいいよ」


「あっ、はい。ありがとうございます」


机の上が散らかっていたので、慌てていらないものを引き出しにしまった。かつての教え子たちと一緒に撮った写真が数枚、デスクに敷いている透明なシートの下に現れた。久しぶりに見た気がする。


「じゃあやっていこうか。ええと、こないだはどこまでできたっけ」


「大問二の問三までです」


「じゃあ問四からだね」


「はい」


 私は二枚プリントを広げた。一枚は問題文、もう一枚は解答用紙で、後者は早川先生の手書きだ。先生は毎年そうしているのだというが、私にそんな真似はできない。失敗するのが怖い。


「問五と六を長めの記述にしたいので、ここは現代語訳——短いやつを四つくらいでいいと思うんですけど」


「うん、そうだね。いつもそれぐらいの分量だし、それでいいと思うよ」


「わかりました。では、それで。傍線はどこに引きますか」


「うーん、とりあえず、ここの『むげなり』と『さあり』の前後はマストで——」


 古典のテストを作るのは、個人的には現代文よりも簡単だと思う。授業で押さえるポイントは限られているし、捻りすぎた問題を出しても生徒が答えられないからだ。しかし、それが裏目に出る場合もあるし、作るのがたやすいだけで、現代文のほうが作問としては面白いと感じられることもある。ただ、どんなときでも共通していえるのは、私は国語という教科を学ぶのも、教えるのも好きだということだ。理由は単純。楽しいからだ。


 私は両親の影響で小さいころから本ばかり読んでいた(正確に言うと、)。ゲーム機も買ってもらえず、テレビアニメの制限もかけられていたので、必然的に読書が娯楽になっていたのだろう。父のものにも手を出し、無断で書斎に入ったのを咎められたこともあった。


 比較的自由になったのは高校生のころだった。一人暮らしを見込んだのか、両親は自己責任の名のもとにありとあらゆる行動を許してくれた。そのうちの一つに、日帰りの長旅があった。テニス部に所属していたのでなかなか休みはなかったが、たまにまとまった休日ができると、貯めていたお小遣いを切り崩してよく県外に出かけていた。目的地はいろいろだった。海に行ったり、大きな博物館を訪れたり、寺社仏閣からテーマパークに至るまで、さまざまな場所に足を運んだ。その中でもとりわけ気に入っていたところが、「歴史屋れきしや書房しょぼう」という古本屋だった。やっぱり活字が好きなんだな、と自分でも思う。

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