6 呪い

 その日はひとまず帰った顕光だったが、会話を盗み聞きしていた子どもがいた。子どもが親にこのことを話すと、「顕光さまがやらないんだったら俺たちがやるぞ」と宣言し、顕光の目を盗み一揆を組んで彼女をなぶり殺しにした。夜、騒がしさに顕光が目を覚ますと、洞窟の方で叫び声がした。飛んでいくと、昼間懇意に話したばかりの彼女がもう虫の息だった。洞窟から引きずり出された彼女はあらゆるところを刺され、えぐられ、むしられ、身ぐるみはがされ、乳房が丸々見えていた。松明の炎に照らされた真っ白い肌には赤黒い血が弾けたようになっていた。


「なんてことを!」


顕光は我を忘れて叫んだ。村の者たちは何も言わなかった。顕光はかがんで彼女を自身の太ももの上に乗せ、手を取った。彼女の目は虚ろになり、顕光の指をかすかに握るのがやっとだった。


 しかし突然、彼女は目をかっと見開いたかと思うと、夜の闇に響き渡るほどの甲高い声で笑いだし、決定的な言葉を放った。ここだけはほぼ彼女の言葉の通り書かれており、見つけやすいようにするためなのか朱色になっている。意訳するとこうだ。


「顕光は懸命に私を救ってくれようとしたのに、貴様たちは自分たちの思いに任せて私を殺した。私は顕光との子どもを身ごもっている。安心するがいい、この子は無事に生まれる。しかし、この子より四代後の子孫には私が味わってきた苦しみと同じ苦痛を受けることになるだろう。血を絶やそうとしても無駄だ。血を絶やそうとした暁には、この村もろとも滅びるがよい」


言い終わった彼女はニッと笑って、血みどろになった歯を見せながら死んだ。犬歯が人間の倍ほど伸びていた。と同時に、彼女の体から赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。


 村人たちは顕光に詫びた。取り返しのつかないことをした、死んでも死にきれないと、いつまでも己のしたことを悔やんだ。だが、顕光は許した。


「過ぎたことを悔やんでも悔やみきれないから、これからのことを考えなさい」


 顕光はその事件の後すぐに村の娘を嫁にもらい受け、二人でその赤ん坊を育てた。男の子で、妻には血縁関係がない子どもではあったが、二人ともよく面倒を見、子どもはすくすく育った。一方で父親となった顕光は、息子の出自をいつ本人に告げるべきか悩んでいた。


「果たしてこの奇妙なことが、現実として受容されるのか、それは父親であってもわかり得ないことである」


 結果としては、意外なほどにすんなりと受け入れてくれた。その息子の名を、光清こうせいという。


「光清は正直者だと思っていたが、それ以上に素直だった。まるで彼の実の母親のように」


 光清は実質寺の長男坊であるので、寺を継ぐという覚悟は幼年時からそれなりにあったが、その覚悟の上にさらに己の身の上を背負い込んだのである、それは私には到底できないことだ、と顕光は記している。


 やがて日記は親から子に受け継がれた。

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