5 金髪の女
寺の書庫にある、祖父までの日記にいう。私の五代前の先祖である
顕光が提灯を灯しながら闇の奥へ入っていくと、凄まじい悪臭が鼻を突いた。動物が腐ったような臭いだった。恐る恐る歩みを進めていくと、行き止まりになったところに、女が一人いた。その女は髪の毛が金色で青い目をしており、見たことのない着物を着ていた。ひどく怯えていたが、言葉が通じないようではなかったし、片言ではあったが日本語が話せた。
彼女の足元を見ると、多数の黒い塊が転がっていた。よく目を凝らして見てみると、それはみんな最近行方不明になった村の若い衆だった。異臭はそこからしていた。顕光はそこで全てを悟った。この女が殺したのだと。そのことを彼女に問いかけると、彼女は涙を流しながら認めた。申し訳なかったが、自らが生き永らえるためには仕方のなかったことなのだと。
顕光は彼女を人間ではない、妖だと直感した。当初こそ初めての体験に身のすくむ思いだったが、話していくうちに打ち解け、彼女は善の心も持ち合わせていると考えるに至った。
問題は村人たちだった。顕光がことのいきさつを村人たちに説明したが、身内を殺された身としては当然受け入れることができず、顕光が「この妖を改心させる」と言っても「そんなばけものに改心なんてできるわけがない」の一点張り。いつしか顕光の信用はなくなり、檀家も何軒か離れていった。
「どんな悪人でも、畜生でも、阿弥陀仏様の御心によって救われる。改心はできる」
彼女は名前を明かさず、境遇も語らず、一日中洞窟に籠りきりだった。顕光は若者たちを弔った後、毎日その洞窟に通い、彼女と話をした。彼女は抵抗をするでもなく素直に彼と語らっていたが、夜中外に連れ出そうとすると嫌がった。訳を訊いても、だんまりだった。
ある日、彼女がこう言った。
「ここにいてもあなたや村の人々に迷惑をかけるだけだから、早く往生させてください」
往生させてくれ、つまり死なせてくれと頼んだのだ。顕光は断った。仏道に逆らうようなことは、たとえ相手が妖でもするつもりはない、と。すると彼女は既に妖と見抜かれていたのに驚いた。顕光は何をされるかといよいよ焦ったが、彼女は顕光を傷つけるようなことはせず、「だったらなおさらです」とすましているのである。この日のところに、顕光の内心がよく表れている。
「本来は妖を改心させに来た私だったが、いつの間にか妖の頼みを呑もうとしている私がいることに気づいた。果たしてこれは妖の悪い誘いなのだろうか、それとも本心なのだろうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます