4 発作

 いきなり体中が焼けるように熱くなった。ああ、いつものあれだ。ああ、ああああああ、渇いてきた。ううっ、うううう、苦しい。全身から力が抜けていく。私は自力で立てなくなり、がくりと床に伏した。腕と脚がわなわな震えている。


(だめだ、だめだ、耐えろ)


大量の脂汗がフローリングを濡らす。吐き気はないが、自分が異常な熱を帯びているのが判る。火だるまになっているようだ。


(……食べなければ)


 普段通りであれば、こういうときはあれを食べれば収まる。ここから台所まで行くのは少し距離があるが、這いつくばってでも行かなければ、この苦痛からは逃れられない。


(どうやって階段を降りよう)


そういえば、これまで二階にいるときに発作を起こしたことはあまりなかった。なぜだろう。運が良かっただけか、そういうものなのか。……いや、そんなことはどうでもいい。今は安全に階段を降りることに集中するべきだ。


 暗闇の中、ゾンビのように廊下を這いながら、なんとか階段まで来ることができた。段の角が下の明かりに照らされほんのり山吹色になり、向こう側はトンネルの出口のように遠く感じられた。手すりはあるが、とても上体を起こすことはできない。


(一段ずつ、段に収まりながら降りよう)


 体を段と平行にしながら、右腕、右足、左足、左腕の順にゆっくりと下ろしていく。一段、また一段、慎重に動かしては、ふうと息を吐き、再び動く。汗が額から垂れてきて、右目に入った。幸い右目だけウインクはできたので、皴ができるほどぎゅっと瞑りながら、それまで以上にそっと階段を下りた。


(もう少し)


 だが、あと四段というところ、安堵して気が抜けてしまったのか、私の右腕は段を捉え損ねて体もろとも滑り落ちた。


 ガコンガコンという鈍い音が家中に響き渡る。



(——あ)


 回転しながら一番下まで落下して、顔面やら腰やらを強打したらしい。ジンジン痛む腰の心配をしていると、両鼻からつぅーっと血が出てきた。


(ちょうどよかった)


 私はうつ伏せのまま、床に垂れた自分の赤黒い体液を舐めた。美味しくはない。普通に鉄の味がする。ただ私の神経は、もう痛みを伝えなかった。炎も消えて、私はただ階段の入り口でうずくまっているだけの男になった。




 この発作は、いつ来るか分からない。今までは奇跡的に家の中、しかも一人でいるときに限って訪れていたのだが、それは決して外では起こらないという保証にはなり得ない。


 症状はいろいろある。今回のように全身に異変が起きて立っていられなくなるということもあれば、前回は貧血のように視界が真っ暗になってふらつきがするというものだったし、頻脈になって苦しいだけで終わったこともあれば、たくさん食べたはずなのに低血糖で倒れかけたこともある。「いや、発作じゃないだろう」という人もいるかもしれないが、これらの症状の共通点は、「生肉を食べる、あるいは何かの血を啜ることで解決する」というものだった。


 これには、私にかけられた呪いが関係していると思われる。「私にかけられた」といっても、呪いをかけた人物が明確に私を対象にしていたかというと、そうでもない。

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