第29話 見通す神々の魔眼(フォーキャスト・アイズ)

 今日の授業を無事に終えたニグルはシャーリィ達と一緒に帰路に着いていた。


「メルディのやつ、学院長を困らせたりしてないよな....心配だ」


 歩きながらも、ニグルはため息を漏らす。


「そんなに心配ばっかりするなんてなんか過保護だよ、先生は」


「ボクもそう思う、先生はなんかメルディちゃんを娘か何かとして見ているんじゃないかってくらいに」


 実際、メルディを見ていると庇護欲が掻き立てられるのは事実であった。


 ちなみに学院長室へメルディを迎えに行ったところ、二人は町に出かけたと他の教師に言われたので、大人しく噴水広場にまで迎えに来たのだ。


 しかし噴水広場に着いた途端、小柄な体の少女が彼にぶつかってきたのだ。


 その子は紛れもないメルディであった。


「あっ、ニグル....アルカが....アルカが」


 メルディは顔を涙で濡らしており、取り乱しているのは明白だった。


「アルカがどうしたんだ、一緒じゃないのか?」


「アルカが悪者にやられて死にそうなの! お願い助けて!」


「なんだと....!?」


 メルディに案内された場所に急ぐとそこには、人だかりが出来ていた。

 それらをかき分けて店の中に入るとアルカがうつ伏せに倒れていた。


「くそっ! 一体何があったってんだ!?」


 周囲には謎の遺体が複数体転がっているのも確認できる。


「うっ....これは何があったの....?」


 続いてシャーリィ達もやってきたが、ニグルは彼女達が入ってくる前に制止する。


「お前たちは見るな....」


 一人は首と手首が切断されていて、そのほかの遺体は黒く焼け焦げていた。


「これは学院長が殺ったのか」


 眼前に広がるのは明らかに人間離れした殺戮現場であったのだ。


「そうだけど、これはあたしを助けるために....」


「まあそれはいい、とにかく彼女を診療所に連れていく! お前たちはメルディを連れて先に家へ帰ってるんだ」


「わ、わかったよ先生....」


 どうやら二人も納得してくれたようで、彼女たちはメルディを連れていった。



 ニグルは勢いよくアルカを抱き抱えると、一目散に診療所へと向かった。



 診療所に担ぎ込まれたアルカには、即座に回復魔術が施された。

 アルカの負った傷は致命傷だったが、迅速な処置が功を奏したのか、彼女の命は何とかつなぎ止めることができたのだ。


「ん....に、ニグルか....ハァ....妾は一体....」


「あまり喋らないでください、傷に障る」


 アルカは息も絶え絶えに口を開く、どうやら話したいことがある様だ。


「いや、これだけは伝えさせてくれ....妾はいきなり背後に現れたメルトアイズにやられた、だからこそ分かった事がある....彼女は....彼女の正体は....」


 何かを言いかけたアルカであったが当に限界を超えていた為、また意識を失ってしまった。


「アルカ!! クソ....メルトアイズ....絶対に許さねぇ....!」


 ニグルは充溢する怒りが湧き上がりそうになる、そして彼は決意する、メルトアイズを必ず倒すと。






 ニグルが自宅に帰れたのは日付が変わってからであった。


「ただいま....っていやみんな寝ているか」


 アルカが無事だったということは明日話せばいいだろうと思ったニグルはそのままソファで意識を手放した。


(とにかく今日は色々とありすぎた....)



 翌日、ニグルはとある場所へと向かっていた。


 特別監房、ボマーが収容されている場所だ。


「おんや、おチビ学院長かと思いきやこれは珍しいお客さんね、お姉さんに何か用なの? 先生」


 彼女はニグルの事を目にするなり神経を逆撫でするような笑みを見せる。

 ニグルは心底不快な気持ちになった。


「昨日、学院長がメルトアイズに襲撃されて瀕死の重症を負った、それでだボマー、学院長と取引をしていたんだってな、彼女の代わりに俺が情報を聞きに来た」


 ボマーは自らの両腕を直してもらう代わりに、教団に関する情報を十個提供するという取引をアルカと結んでいたのだ。


「代わり....ね、いいよ、過去のことは水に流してお姉さんが教えてあげよう、ただし今日も一つね」


「ならメルトアイズに関して知っていることを全て教えろ、俺は急いでるんだ、そこまで時間をかけるつもりは無い」


 ニグルは強硬手段に出ることにした、それは聞き出せる情報は一気に聞くことだ。


「メルトアイズに関して全て....ね、随分高く着くけど大丈夫?」


「構わない」


「なら、まずはメルトアイズの魔術について説明してあげよう、彼女は優れた魔弾の使い手であると同時に、禁忌指定魔術を修めているよ」


 やはり思った通りであった、相手の持つ禁忌指定魔術によっては苦戦を強いられるだろう。


「続けてくれ」


「その禁忌指定魔術の名は、見通す神々の魔眼(フォーキャスト・アイズ)だよ、この魔術は10km先の地点を見通す事が出来る、それに加えてターゲットの弱点が手に取るように分かるんだ」


 道理でアルカ程の魔術師が簡単に負けたのだろう。

 いくら人外の魔術師と呼ばれる彼女であっても体は普通の人間だ、急所を一気に狙われたせいで負けてしまったのだ。


 思考を巡らせるニグルを他所に、ボマーは淡々と続ける。


「そして彼女が禁忌指定魔術を修めた代償は、自らの人格が分裂してしまうこと、要するに二重人格ってやつだね、彼女は人格の入れ替わりが定期的に起こってしまうんだよ」


 予想以上に厄介な代償を抱えた敵でもあったのだ。


「それでここからが重要、メルトアイズの見た目についてだ、彼女の裏人格は水色の髪が特徴的な少女で、表人格は、裏の色と対になるような髪色を持っているんだよ」


 しかしこれだけでも十分な情報が得られた、そう思った。


「お前のことは今も許していないが、今回ばかりは助かった」


「もういいのかい? つれないなぁ、お姉さんに何時でも会いに来てもいいんだよ」


 後ろから何か聞こえるが、用を済ませたニグルは、無視して特別官房を去っていった。


 ニグルは、メルトアイズの居場所について心当たりがあったのだ。


 家に帰ると、メルディが深刻そうな顔で駆け寄ってきた。


「ん、アルカの怪我は大丈夫だったの....?」


「なんとか命は落とさなかったよ、だからあの人を酷い目に合わせた悪者は俺が倒してやるからメルディはお家で大人しくしてるんだな」


「うん、必ずアルカの仇をとって....だけど死んじゃダメだからね」


 ニグルを心の底から心配しているのか、メルディは肩を小刻みに震わせていた。


「ああ、俺は絶対に死なねえ、約束だ」




 数時間後、ニグルは闇夜が支配する噴水広場へとやって来ていた。


「お前たちは来なくても良かったんだぞ? というか危険だから帰った方がいい」


 ニグルはメルトアイズが襲撃してくるのを毎晩ここで待つと言い出したのだ。


「先生が死ぬかもしれないのにじっとなんてしてられないよ、メルディと約束したんでしょ? 絶対に死なないって」


「先生っ! そんなかっこいいセリフ言ったの!? ボクもそんなこと言われたいなぁ〜」


 勝手にテンションを二段階ほど上げるフレイヤを見ていると、ニグルはついついため息が出てきてしまう。


『コツ....コツ....』


 すると、どこからともなく小さな足音が聞こえてきた。


「来たか.......ってなんだよ....メルディか、家で待ってろと言っただろ?」


 メルトアイズがやってきたと思い、咄嗟に足音のする方を向くニグル、しかしそこに立っていたのはメルディであった。


「あ、あはは....あたしを寝かせた後にニグル達がどこに行くのか気になって....つい追いかけてきちゃった」


 メルディはバツが悪そうに答えた。


「き、危険だから帰るよ、先生、メルディは私が送ってくるね」


 シャーリィはメルディを連れて行くために彼女に近づこうとしたのだが。


「....シャーリィ、メルディに近寄るな」


 彼の口から思いがけない発言が飛び出したのだ。


「先生....?」


「ちょっと、冗談なんか言ってどうしたの? 流石のボクでもそれはちょっと....」


 二人はニグルに不信感を覚えつつも、いつもの声色で話す。

 しかしそれを無視してニグルは、メルディへと話しかける。


「あの子みたいに無邪気な少女という雰囲気が感じられねぇな、メルディ....いやメルトアイズ....!」


 なんとニグルは、メルディを見据えながら、彼女がメルトアイズの正体だと言ったのだ。


「やめてよ先生! そんな冗談は!!」


 ニグルの衝撃的な発言に対して、シャーリィは大声を上げる。


 しかしニグルは構わずに続けたのだ。


「表の人格がメルディ、そして裏の人格がメルトアイズ、そうなんだろ? 普通に考えておかしいんだよ、そこに居ないはずのメルトアイズがどうして、アルカ学院長の背後を取れたのか」


 そして彼は、決定的な証拠をメルディに対して突き付ける。


「メルトアイズがメルディの別人格だと言う根拠は他にもある、確かな筋の情報によると裏人格は水色の髪、表人格は、裏の色と対になるような髪色をしている....そこから推察するに、水色と対になる色....そうメルディの髪色と同じ桃色だ」


 冷静に言い放つと、メルディの纏う雰囲気が明らかに変わった、そして鮮やかな桃色の髪が、徐々に水色へと変貌したのだ。


「はぁぁ....バレちまったか....そうだ、メルディはアタシの表だ、今のアタシは裏、メルトアイズだってことだよ!!」


「嘘でしょ....!?」


 二人は目の前の光景が信じられずに、じっと立ち尽くしている。


 次の瞬間、メルトアイズは既に猟銃のような物体をこちらへ向けていた。


「ニグル・フューリー、初めまして....そしてサヨウナラ!!」


 そして彼女は、容赦なく引き金を引いたのだ。


『ズドンッ!!』


 重苦しい発射音が、静寂を切り裂いた。

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