第28話 教団の襲撃者
「それじゃメルディを一日頼みます」
さすがに十歳の少女を授業に連れていく訳にも行かず、メルディは信頼のおけるアルカに預けることにしたのだった。
「妾もやることがあるんだが....まあニグルの頼みなら聞いてやるか」
アルカは苦い顔をしたが、やはり融通を聞かせてくれた。
ニグルは礼を言って出ていくと、取り残されたメルディは困惑した様子だった。
「ん、ニグルやシャーリィたちはどこに行ったの?」
「あいつは仕事に行ったんだよ、だから代わりにこのアルカ学院長がメルディの面倒を見てやる」
と、かっこよく引き受けたのはいいものの、二時間後にはアルカは、心底後悔していた。
「ん、アルカ〜? この紙は何? よく分からない文字が書いてあって変なの」
メルディは執務机の上に出された書類を、弄くり回していた。
「な、なぁメルディ、妾これから自分の仕事をしなくちゃいけないんだが....少しだけ向こうで待っててくれないか?」
片付けなければならない書類が大量に残っていた為、冷静に彼女へと告げるアルカ、しかし返ってきた答えはNOであった。
「ん、嫌だ、ニグルが来るまでメルディにかまってよ!」
「ニグル....さすがに勘弁してくれ....」
メルディはその場で駄々をこねる。
彼女を必死に宥めるために、アルカは仕事を投げ出すことになるのだった。
「今日は中級魔術のスペル組み換えについてだ....まずスペルの組み換えというのは....」
ニグルはいつも通りに授業を進めていたのだか、脳裏にメルディの姿がよぎった。
(つい勢いで学院長に預けてきてしまったが、困らせてないだろうな、メルディの奴....)
ニグルは心配で心配でたまらなくなり、その表情にも現れていた。
「なんか今日の先生、様子がおかしいね」
「むむ、ボクの見立てだと多分アレだね、先生はメルディちゃんの事を考えているのかも」
「あんなに可愛がってたもんね、私、なんだかメルディちゃんが羨ましいよ....」
シャーリィたちは授業そっちのけで雑談にふけるのだった。
「崇高なる鬼人邪教団の諸君、我々の目的はただ一つ、失踪した教団幹部、鬼ノ足メルトアイズの確保だ」
黒外套に身を包んだ構成員を複数人連れて、学院都市ヴァルガードへ潜入を果たした教団連絡員ハーリアは本部には内緒で極秘作戦を開始しようとしていた。
「しかし私たちはメルトアイズ殿にお会いしたことがないです、どうやって捜索すればいいのか....?」
だが、一人の構成員が恐る恐る、ハーリアに進言する。
「心配するな、メルトアイズの居場所に繋がる、とある少女を捕獲すればいいんだ」
ハーリアはいやらしい笑みを浮かべると懐から一枚の紙を取り出す。
それは対象を追跡する魔術で、アルカの元ではしゃいでいるメルディの姿がバッチリと映っていた。
「このエルフの少女メルディを捕獲したら、この瓶に入っている薬を飲ませろ、するとメルトアイズに繋がる情報を出すはずだ」
しかし構成員たちはメルディの横に映っている人物を見た途端、血の気が引くのを感じた。
「ハーリア殿っ! しかし横に映っているのはアルカティア・ウィンブルではないかと....我々では到底勝ち目がありません」
アルカは人外の魔術師と言われるほどの猛者だ、教団の下っ端が束になっても勝てる相手では無いだろう。
しかしハーリアには確信があった。
「心配するな、奴は必ず外に出て隙を晒すはずだ、幼い子供というのは長い間室内に押し込められてると出たくなるものだから....な」
この謀は、ハーリアの思い描く通りに着々と水面下で進んでいた。
「ん、あたしは外に出たい、ねぇアルカ、メルディを外に連れてってよ」
先程まで学院長室を隅から隅まで探索していたメルディは飽き飽きしてきたようで、外出を希望していた。
「あのな、妾は学院長だぞ、そう易々と学院の外に出て何かがあったら示しがつかん」
「ん、でもアルカったら紙と向き合ってばかりじゃん、学院長っぽく無いよ」
(ぐはっ....)
子供とは時に残酷なものである、面と向かって学院長っぽくないと言われ、心にオーバーキルを食らったアルカはその場に膝を着く。
「ほらっ、だからアルカもあたしと一緒に外に行こっ!」
無邪気な笑顔のまま、アルカの手を握って外へ出るメルディだった。
昼下がりの学院都市は、大勢の人で賑わっており、盛況を見せていた。
普段は学院に閉じこもりっぱなしのアルカだったので、珍しい外の光景に新鮮さを覚える。
「あっ、アルカっ、噴水だって! ほらほらこっちだよっ!」
二人が最初に訪れたのは、遠くから時計塔がよく見える広場だった、ここには大きな噴水が設置されており、朝から夕方まで、実に様々な人が行き交っている。
「ちょ、メルディ、そんなに走ったら迷子になるぞって....妾の話を聞けーっ!」
アルカに背を向け、全速力で駆け出すメルディを追いかける。
その瞬間、目の前からひんやりと冷たい水がかけられた。
「ん、そ〜ぉれ! あははっ、アルカが水浸しだ〜!」
自らの服に大量の水をかけられたアルカは呆然としていたが、なんと童心に返ったような感じで、メルディの元へ飛び込んで行ったのだ。
「やったな! 妾も負けては居られんぞ!!」
アルカも負けじと彼女に向かって水をかける、その様は傍から見れば幼い少女同士がじゃれあっている姿に見えたのだろう。
周りからは可愛い、や微笑ましい、などの声が聞こえてくる。
(たまにはこういうのも悪くは無いな....)
先程まで、終わらない書類と向き合っていたアルカは、そのことをすっかり忘れて遊び呆けていた。
『ぐぅ....』
すると近くから腹の虫が鳴き声をあげる音が聞こえた。
「え、えへへ....あたしったらお腹空いちゃった....」
アルカはやれやれといった感じで、メルディを連れて近くの店に入る。
「ほら、好きなのを食え、妾の奢りだから遠慮はするなよ」
「えっ! いいのっ!? ありがとうアルカっ」
目を輝かせるメルディが注文したのはヴァルガード鶏のジャンボ串焼きだった。
大きな串に巨大な鶏肉を刺して、秘伝のタレをかけた逸品だ。
途端に肉へとかぶりつくメルディ。
「んふぅ....おいしすぎるよ....」
このささやかな幸せを噛み締めるメルディを見ていると、アルカも幸せな気分になってくる。
「これが親の気分....なのかな」
アルカは誰にも聞こえないような声で呟く。
若い頃のアルカは、ただひたすらに強さを求めて努力を重ねてきた、それが実を結び今となっては人外の魔術師と呼ばれるほどの歴戦の猛者になったのだ。
しかし彼女は人並みの幸せというのを人より味わったことが無かった。
知り合いは子供も居てそれなりに普通の生活をしていることも知っている。
「まぁそんな事を言っても遅いんだがな....妾はもう人の身からは外れている、今更人並みなんて都合が良すぎるんだ」
しんみりとした空気感が全面に出ていたのか、メルディは心配そうにアルカの顔を覗き込んでくる。
「ん、アルカったらとても悲しそう、理由は分からないけどあたしはそんなアルカも好きだよ」
アルカはその笑顔に救われるような気がした。
それほどに彼女の表情は心が浄化される程であったのだ。
「なんでもない、けどありがとう、メルディ....ん?」
メルディと向き合ったアルカだったが、彼女はあることに気がついた。
(この店....何かがおかしい....)
先程から、自分たち以外の客が一言も発していないのだ。
それにこの空気感....濃密な魔力の気配がした。
「今だ!」
しかし気づいた頃には全てが遅かったのだ。
何者かの号令と共に、手のひらをこちらへ向ける客たち。
(まさか妾たち以外全員が魔術師!?)
「我らが術式よ、対象を光で縛りたまえ!!」
アルカは咄嗟にメルディを庇おうとするものの、奴らは既にスペルを詠み上げていた。
「きゃっ!? な、なにこれ....アルカ助けてっ!」
メルディの体は突如出現した謎の鎖で縛り上げられていた。
「メルディ!? 一体何者だ....彼女を離せ!」
アルカの目の前に躍り出た黒外套の男、ハーリアは両手を広げる。
「私は鬼人邪教団のハーリアという者だ、この少女はご覧の通り拘束させてもらった」
ハーリアは余裕綽々な態度を取り、アルカを見据えた。
「教団がなぜメルディを狙うんだ....」
「それは彼女が失踪した幹部の一人、鬼ノ足メルトアイズについての情報を握っているからだ」
(メルトアイズだと....? ニグルを狙っているという幹部か)
「アルカティア・ウィンブル、お前が下手な真似をすればこの少女は....」
「斬撃よ、飛翔しろ」
気がつくと、ハーリアの片手首は綺麗に切断されていた。
「ぐぁぁぁ....この女ァ....メルディは後回しだ! アルカティア・ウィンブルを殺せ!」
気が動転したハーリアは部下へ一斉に命じる、すると彼らは、アルカを殺害するために魔術を使おうとしたのだが。
「ふざけるなよ、この三下共が....妾は今、非常に怒っているぞ、業火の魔神よ、敵を焼殺せよ、キリング・フレイム!」
アルカは周囲の魔力を急激に取り込んだかと思うと、一気に魔術を発動させた、するとハーリア以外の構成員は一瞬にして消し炭へと変えられたのだ。
「く、くそっ! おいお前....これを飲むんだ....」
「何するの....ん、んぐっ!!」
手下が一気に殺害されてしまう光景を目にしたハーリアの顔は一気に青ざめる。
それと同時にハーリアはあの瓶に入った薬を、メルディに飲ませたのだ。
「目が....体が....動かないよ....」
拘束から開放されたメルディは薬のせいか、意識を失ってしまう。
「....ッ...斬撃よ、飛翔しろ 」
「ぐぎゃっ....!!」
怒りが抑えきれなくなったアルカは、勢いのままに、ハーリアの首を切断してしまった。
一気に我に返ったアルカは、メルディの事が気になり、彼女が倒れている方を向こうとしたのだが。
「何事かと思いきや、ウチの教団の人間が殺されてんじゃねぇか、お前がやったのか? アルカティア・ウィンブル」
背後から聞こえた声に、アルカの体が強ばる。
女の声だろうか、背後に潜んでいるため、容姿は分からない。
「そうだ、それで貴様は何者だ」
冷静に問い掛けると、彼女はゆっくりと口を開いた。
「どうも初めまして、アタシの名はメルトアイズ、教団で鬼ノ足って呼ばれてる幹部を努めさせてもらってる女だよ」
背後に立つ女は、紛れもないメルトアイズ本人であった。
「なぜこのタイミングで....」
なぜこのタイミングでメルトアイズが現れたのか気になっていたが、その答えが分かることは無かった。
「かはっ....」
メルトアイズが謎のスペルを詠みあげたかと思えば、次の瞬間アルカの体に鋭い痛みが走った。
腹部が痛いと思い、目を落とすとそこには、ナイフ程度の大きさの光剣が突き刺さっていたのだ。
(何をされた....!?)
何が起こったのか正しく把握する前に、アルカは床にうつ伏せに倒れこんだ。
辛うじて顔が動かせたので、背後を覗き込むとそこには、陽の光でよく見えなかったが、水色の髪を持つ少女が確認出来た。
「いやーごめんね、標的を狙う上でアルカ、あなたが邪魔でね、つい刺しちゃった、あ、標的というのはニグル・フューリーのことね」
(奴には一切敵意は無かった....それなのに刺された....だと、悪いニグル....もしかしたら妾はこんなくだらない所で死んでしまうかも....な)
軽い口調でいけしゃあしゃあと口を回すメルトアイズの声と共にアルカの意識は闇へと堕ちて行った。
しばらくして意識を取り戻したメルディ。
「ん、あたし....一体どうなって....」
当たりを見回していると見つけてしまう、背中に深々とナイフが突き刺さり、意識を失っているアルカの姿を。
「え、アルカ....ねぇどうしたの? 起きてよ! アルカ!!」
先程まで楽しく遊んでいたアルカの変わり果てた姿を目にしたメルディの顔は酷く青ざめていた。
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