第27話 記憶喪失のエルフ
「ん、おいしいっ! 最高っ! ぷはぁ、助かったぁ....」
あっという間に食事を平らげ、お腹をスリスリとさすりながら、食後の余韻に浸る少女。
「ん、助かったよ....本当にありがとうね白髪と....赤髪と....紫髪!!」
彼女からは悪意など全く感じられない笑顔を向けられる。
「お、おう、お腹いっぱいになってくれたのならお兄さんたちに名前を聞かせてくれるかな?」
見た限り十歳くらいの幼い少女だ、ニグルは怖がらせないように優しく話しかける。
「ん、あたしはメルディ! エルフ族だよっ」
メルディと名乗った少女は元気よく飛び跳ねながら自らの名前を名乗る。
「はぁぁ....メルディちゃんって言うのね....可愛い....」
「ボクもこの可愛さには抗えないよ〜」
二人とも出会ったばかりの見知らぬ少女メルディに警戒心すら抱かずに愛でるという始末だった。
「それでメルディはどこから来たんだ? 親とかは....」
「ん、それがあたしね、三日前から以前の記憶が無いの、分かっているのは自分がエルフ族のメルディだということだけなんだよ」
特徴的な服装の上にエルフとなれば、家族はすぐに見つかると思ったのだが、そう上手くはいかないということを知る。
エルフというのは森の奥地に住んでいる少数種族だ、鬼人族ほどでは無いが生まれながらに魔術師としての素質は高く、人間とは長年に渡り友好的な関係を築いているが、森から出てくることはほとんど無く、学院都市では非常に珍しい存在であった。
「ねぇ先生、さすがに可哀想だから私たちでメルディちゃんの家族を探してあげようよ」
シャーリィは憐れみの籠った目でメルディを見つめる。
「ボクも探してあげたい、困ってる女の子を見捨てるなんて出来ないし」
記憶喪失な上に学院都市では珍しいエルフ族、正直言って厄介事の匂いしかしなかったが無邪気に笑顔を見せるメルディを見ていると、どうにも放っておくことは出来なかった。
「なぁメルディ、良かったら俺たちがお前の家族を探してあげるよ」
「ほんとにっ!? ありがとう! ええと....」
まだニグルたちの名前を聞いていなかったフレイヤは途端に顔を曇らせたが、彼は即座にフォローを入れる。
「白髪の俺がニグル、紫髪がシャーリィ、そして赤髪がフレイヤだ」
「ん、覚えた! よろしくね、ニグルにシャーリィにフレイヤ!」
メルディをシャーリィとフレイヤに任せたニグルは、早速アルカの元を訪れた。
仮にも彼女はヴァルガード運営会の一員だ、この町の内情に詳しいので学院都市内に住むエルフについて聞くのが一番手っ取り早いだろう。
「失礼します学院長、ちょっと聞きたいことがあって」
学院に到着したニグルは、学院長室をノックする。
「入っていいぞ」
アルカは学院が休みの日にも関わらず、執務机に大量の書類を広げていた。
「休日なのに仕事熱心ですね」
アルカは目元をピクピク動かしながら書類と向き合っている。
そして恨みがましい視線を彼に向けた。
「嫌味かニグル....? 学院長の業務はやることがいっぱいあるんだよ....はぁ....で、妾に聞きたいことってなんなんだ? 忙しいから手短に頼む....もう昨日から徹夜なんだ....」
「この町にエルフ族って居ますか?」
手と目を猛烈に動かしながら判子を書類に押していたアルカの動きが止まった。
「エルフだと....? そんなの学院都市にはいるわけがないぞ、何せエルフ族は森の奥地から決して出てこないからな、しかしなんでそんな事を聞くんだ?」
メルディは侵入者という括りにされてしまうのでは無いかと一瞬、彼女の事をアルカに言うべきか迷っていたのだが、言わなければ彼女の家族を探してあげることすら出来ないので、彼は一縷の望みに賭け、メルディについて話した。
「エルフ族の少女メルディ....ね、ニグルから見ても彼女は敵意というのは一切無いのか?」
「はい、むしろ彼女は敵意と言うより、こちらへの好意しか感じられませんでした」
彼女には人を疑った事などないという純粋な心の塊を感じた。
「それじゃあ妾では力にはなれなさそうだ、あとはお前たちの力で探すんだな、それよりニグル、先日の魔弾だがおそらく教団幹部の仕業で、ボマーから得た情報だと奴の名は鬼ノ目、メルトアイズと言うそうだ、未だ町に潜んでいる可能性がある以上、シャーリィ達も、特にお前も警戒するんだ」
あの人間離れした魔弾による狙撃、やはり鬼人邪教団の幹部クラス魔術師であった。
それから町中を駆けずり回って聞き込みをしたものの芳しい情報は一切得られなかった。
「もう夕方か、早く帰らないとみんな心配するな、しょうがない帰るか」
貴重な休日なのに全くリラックス出来なかったニグルはなんとも言えない気持ちを抱えながら帰路についた。
「んっ! ニグルだっ! おかえりなさいっ!」
「ただいまっ....ってうわっ、メルディ!?」
玄関の扉を開けた途端、メルディがニグルの胸に飛び込んできたのだ。
途端に鼻腔をくすぐるいい匂い、ニグルはここ最近、美少女たちに囲まれて理性を保つのが精一杯だった。
「おかえりなさい先生」
部屋の奥からエプロン姿のシャーリィもやってくる、丁度夕食を作っていたらしい。
今更の話になるが、シャーリィは先の戦いでツノの片方が欠けてしまっている。
聞いたところによるとそのツノが身代わりになったおかげで彼女は生き残る事が出来たらしい。
「待ってたよ先生っ! 何か情報は得られた?」
「芳しい情報は手に入らなかった、また明日に期待だ」
フレイヤに成果を報告したニグルは、メルディに構いながら、夕食が完成するのを待った。
「んぐっ、むぐっ....シャーリィのご飯はやっぱりおいしい〜」
夕食が来るなり、また大量に食すメルディにシャーリィは圧倒されていた。
一時間後、シャワー室に入っていった三人を見届けると、ニグルはアルカに言われたことを思い出す。
「鬼ノ足、メルトアイズか....」
ボマーと同じで鬼の体の部位を冠する通り名が付いているということは彼女と同等かそれ以上の戦力を持っているということだ。
「数キロ離れた時計塔の天辺から狙撃してきた奴だ、油断はできるはずも無い....か」
加えて禁忌指定魔術をその身に修めている可能性すらあった。
「どうしたもんか....」
子供たちを三人抱えている以上、外を歩く際にはしばらく気をつけた方がいいと考えるニグルなのだった。
二週間前、ニグルが魔弾で狙撃された日にまで遡る。
学院都市の時計塔頂上には夜の闇に紛れた一人の少女が佇んでいた、辛うじて視認できるのは美しい水色の髪のみだ。
「我が手に射出の器を錬金せよ」
彼女がスペルを詠み上げると、手には白い猟銃のような物体が形作られる。
「見通す神々の魔眼(フォーキャスト・アイズ)」
続いて新たな魔術を発動させる少女、彼女の目の周りには大きな魔法陣が形成された。
「狙撃目標 ニグル・フューリー、崇高なる鬼人族に栄光あれ」
闇に紛れながら数キロ先の標的目掛けて魔弾を発射する正体不明の少女、彼女こそが鬼ノ足 メルトアイズであった。
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