第24話 狂気の決着

「見せてあげますよ、雷魔術の真髄ってやつを、その名は雷撃術式ライトニング・マジック


 オラヴィスは周囲の魔力を取り込み、無数の魔法陣を生み出した。


 まだ発動すらしてないはずなのに、異様なオーラがピリピリと伝わってくる。


(先程とは出力が全く違う、これは当たったらアウトかも)


「業火の精よ、波となりて、敵を飲み込め、フレイム・ウェーブ!!」


 先制攻撃を仕掛けたのはシャーリィだった。


「甘いですね....」


『バチッ!』


 なんとフレイム・ウェーブが彼女に接触する前に雷で形成された壁により阻まれたのだ。


「くっ....厄介ね」


「私の雷撃術式ライトニング・マジック、一つ目の能力は敵意が籠った魔術を自動的に察知して雷壁により防御を行うこと」


 これだけ強力な魔術な上に、まだ能力があるということは、この上ない脅威であった。


(無闇に攻撃しても無駄....ならば)


 両手のツメを構えたシャーリィは、素早く地面を蹴り、一気に距離を詰めた。


「魔術は防御出来ても、物理攻撃はキツいんじゃないのっ?」


 オラヴィスの目の前に躍り出たシャーリィは勢いよく彼女の胸目掛けてツメを振るった。


(この距離なら確実に当たるっ!)


 シャーリィは確信していた。


「特攻....そんなちゃちな攻撃を食らうほど、オラヴィス・ロフトは甘くないですよ」


 なんとツメが接触する寸前に、オラヴィスは後ろへ飛んだのだ。


「そして雷撃術式ライトニング・マジック、二つ目の能力は....無詠唱」


 次の瞬間、シャーリィの全身を強烈な雷が駆け巡った。


「あぐっ....ハァ....痛ったいわね....」


 シャーリィは全身が痺れており、体が上手く動かせなくなっていた。


「そして動けなくなった所を、はいっと」


 オラヴィスは追撃と言わんばかりにナイフを投擲してくる。


「あああっ!」


 シャーリィは痺れる腕を力の限り動かし、ツメでナイフを弾いた。


「攻撃を避けるのがやっとじゃないですか、やっぱりあなたじゃ私には勝てないですね」


 オラヴィスはシャーリィを嘲笑う、いやらしい表情を浮かべ、禍々しい殺気を放出しながら。


「それを決めるのはあなたじゃないっ! 氷の精よ、凍てつかせろ、アイス・フィールドッ!!」


「だーかーら、私にはそんな攻撃は通用しな....おや?」


 自動的に防御が行われると思われていたが、その読みは外れた。


「うっ....あなた、足元を凍らせるなんて」


 そう、オラヴィスの靴は地面に張り巡らさされた氷によって凍りついていた。


「それにキツいんじゃないの? さっき貫かれたところ」


「ああっ! やってくれましたね....もう楽には殺してあげません....」


 シャーリィが地面にアイス・フィールドを展開し、意図的に足を狙ったのには理由があった、一つはオラヴィス自身を攻撃することを避ける、もう一つはフレイヤによって負傷した足の傷を狙うこと。


 これでオラヴィスはその場から動くことが出来なくなった。


「魔術なんて発動させる暇もなく私のツメであなたの心臓を貫く、これで終わりだよ、オラヴィス・ロフト!」


 シャーリィは一直線に、彼女の懐に飛び込んだ。


「言い忘れていましたけど、雷撃術式ライトニング・マジック、三つ目の能力は放出バースト


 次の瞬間、オラヴィスの周りが眩い光に包まれた。

 その光はバチバチと雷を散らしている。


「なっ! 嘘でしょっ!?」


「勝ち誇っているところで申し訳ないですけど、終わるのはあなたの方のようですね、放出バースト!!」


 オラヴィスを包み込んだ雷の膜が増幅し、シャーリィをモロに襲ったのだ。


「ああああっ!! 」


 勢いよく弾き飛ばされたシャーリィは大きく飛び、近くの大岩に叩き付けられた。


「がはっ....!」


 背中に伝わる強烈な衝撃に、彼女は思わず血を吐く。


(体中痺れている上に、骨が何本か折れた....本当にまずいっ!)


 オラヴィスは不快感を催す笑い声をあげた、そして指をシャーリィの頭部に合わせトドメを刺そうとする。


「アハハハッ!! これでチェックメイトですね、ではさようならシャーリィ・ミィル・チェルスター」


 彼女の指から鋭い電撃が迸り、シャーリィの頭部を刺し貫いた。


「ぐっ....!」


 その場で致命傷を負ったシャーリィは崩れ落ちる。


「ハァ....ハァ....ようやく排除完了....早く手当しないと私も死にますね....」


 彼女にも限界がきたようで、雷撃術式ライトニング・マジックは消失する。

 そして瀕死の重症を負ったオラヴィスはその場を離れようとした。


「ねぇ、誰を排除したって?」


 しかし突然、背後から声が響いた。

 慌てて後ろを振り向くとそこには。


 オラヴィスにとっては殺したはずの少女が立っていたのだ。


「ま、まさか!? 頭部にあの電撃を食らって生きているはずが!?」


「そんなの私にもよく分からないよ、だけど恐らくこのツノかな」


 シャーリィは己の頭から生えるツノをつんつんと指でつついた。

 それと同時に、一本のツノが音を立てて砕けたのだ。


「そのツノが身代わりに....そんなバカな....避雷針のような役割を果たしたって言うんですか!?」


「いやぁぶっちゃけあなたが雷魔術以外を使っていたら私は死んでいただろうね、これでようやく終わりだね」


 シャーリィは上手く動くことの出来ないオラヴィスへとゆらゆら向かっていく。


「ひいっ....! こ、来ないでっ! いっ嫌っ!!」


 オラヴィスはふらつく足取りで逃げようとするも、怪我が重すぎた。


「逃がすわけないでしょ、えいっ!」


 鋭いツメを振るうシャーリィ。

 次の瞬間、オラヴィスの片足は切り飛ばされていた。


「あああっ!! 私の足がぁぁぁ!!」


「これで足の半分失っちゃったね....素人だの甘いだの好き勝手言ってた人の末路なんてこんなものか」


 シャーリィの目は、狂気を孕んでいた。

 目の前の完全なる敵を殺す為に。


「さぁ、ここまで好き勝手してくれた代償を精算してもらうよ」


 圧倒的な死の恐怖を目の前にしたオラヴィスは、腰を抜かして動けなくなってしまった。


「ば、化け物っ! お願いします助けてっ! いやぁぁぁぁ!!」


 シャーリィは醜くも命乞いをするオラヴィスを目にしても何も感じなかった。

 もはや彼女を人と認識していなかったのだ。


 そして無言のままシャーリィは、ツメを彼女の心臓へ無慈悲に突き立てた。


「嫌だ....フォルネウス....さ....ま」


 最後に主人の名を言い残して、オラヴィス・ロフトは永遠に呼吸を止めることとなった。


 シャーリィの体も大の字に倒れる。


「も、もう....指一本動かせないけど....一人で敵を倒した....よ、先生」


 次第に暗くなる視界、彼女の意識は闇へと落ちていった。





 数時間後、生徒たちの救助に訪れたアルカは有り得ない光景を目にした。


 大の字に地面に倒れるシャーリィと、片足を失ったオラヴィスの死体であった。

 辺りの地面は大きく抉れ、ここで激しい戦いがあったことを如実に表していた。


「奴はサウザー家に仕える魔術師一族、シルバー閃光グリントのオラヴィス・ロフトか....あの手練相手にシャーリィが勝ったと言うのか....?」


 アルカはある程度の危険性は認識していたが、これは予想外であった。


「ニグル....妾たちが思っている以上にシャーリィの力は危険かもしれんぞ....」


 アルカは周りに聞こえない声で、ボソッと呟くのだった。





 あの一連の騒動から二日が経った頃、シャーリィは医務室で目を覚ました。


「....またこの天井か....痛っ....私ったら相当無理したんだね」


 意識を失う前の記憶が流れ込んでくる。

 謎の魔術師たちの襲撃、フレイヤの異様な力、そしてオラヴィスとの死闘....思い出しただけでも様々な事があった一日であったと再認識する。


 辺りを見回すと、ニグルが彼女の顔を覗き込んでいた。


「せっ、先生!? 顔が近いよっ!」


 思わず目を逸らしてしまうシャーリィだったが、ニグルは何も言わずに彼女を抱きしめたのだ。


「ちょっと....どうしたの?」


「本当に良かった....無事で、本当にっ!」


 ニグルは半泣きであった、余程シャーリィの事が心配であったのだろう、かなり強い力で抱きしめられていた。


「分かったから痛いって....もぉ、怪我人相手には程々にね」


「あぁ悪かった、その、無事帰ってきてくれた事が嬉しくてな....つい....」


 ニグルは少々しょんぼりしながらもシャーリィから離れる。


「それでフレイヤやみんなは無事なの?」


「全員、なんとかな、しかし後遺症が残る生徒も居たから素直には喜べない状況だ」


 死人こそはいなかったものの、生死の境をさまよった生徒が多かったのだ。

 そしてシャーリィは気になることを尋ねる。


「あとフレイヤの事なんだけど....」


 そう、人外とも呼べる強大な力を持っていることが判明したフレイヤの今後の処遇についてだ。


「あの力についてなら大丈夫だ、学院長には話してある、一応様子見ということになった」


「良かった....ねぇ先生、今回は無茶してないよね?」


 ニグルは禁忌指定魔術を使ったことは伏せておいた、彼女に余計な心配はかけたくなかったからだ。


「無茶? ジン先生も一緒だったんだ、楽勝だったぜ」


 ニグルの表情は若干引きつっていたもののシャーリィに異変を勘づかれることは無かった。


「そっか、それならいいの」


 彼女を安心させたニグルは、椅子から立ち上がり踵を返した。


「先生....どこかに行くの?」


 しかし当然のように引き止められる、


「ちょっと野暮用でな、しばらくしたら戻る」


 曖昧な理由をでっち上げたニグルは、秘密の道を通り、地下深くへと降りていった。





 隔離階層、封印の箱。

 学院都市ヴァルガードの地下に存在する監獄だ。


 収監されているのは学院都市内で凶悪な犯罪に手を染めた者、一度収監されれば絶対に脱獄は不可能と呼ばれているほど、魔術的なセキュリティが万全に張り巡らされているのだ。


 そこを訪れたニグルは、ある監房の前で足を止めた。


「よぅ、気分はどうだ、フォルネウス」


 強力な魔術によって生成されたガラス一枚を隔ててフォルネウスは収監されていた。


「誰かと思えば先公か....人生が完全に終わった俺に何の用だよ」


 フォルネウスは全てを諦めたような態度と口調で、ニグルの声に応えた。


「一つ聞きたいことがあってな、数日前、時計塔から魔弾で俺を狙撃したのはお前の手の者か?」


「あ....? そんなの知らねぇよ、それにシルバー閃光グリントの中に魔弾なんて超高度な魔術を使えるやつは居ない、それが俺の答えだ」


 一番の容疑者だったフォルネウスは狙撃に関与していなかった。


「なら、あの狙撃は俺の事を邪魔だと思う勢力が仕掛けたもの....教団か」


 確かな確証はないもののニグルは確信していた、魔弾の犯人は教団の手の者であるということを。


「何一人でぶつぶつ言ってんだ、俺にはもう金輪際構わないでくれ、それだけだ」


 フォルネウスは忌々しそうな表情を浮かべながらシッシッっと手を振ってニグルを追い払うような仕草を見せた。


「ああ悪かったな、お前もそこで己の行いを反省していろ」


 ニグルはそう吐き捨てると、封印の箱を後にするのだった。




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