第16話 イリス・フューリー

 シャーリィにベッドを譲ったニグルは隣のソファから静かに寝息を立てる彼女を見つめていた。


「俺って年下に甘いな....イリスの事を思い出しちまうからか....」


 ニグルには一人の妹が居たのだ、その名はイリス・フューリー、ニグルと同じで銀色の髪がトレードマークの美少女だった。


「あいつはどこで何してるんだろうな」


 イリスとの別れは、ニグルがマジック・ドリームスに加入するより三年前の話だ。

 彼らが住んでいた家が正体不明の盗賊団に襲われたのだ、その時にまだ十三歳だったイリスは奴らに連れ去られてしまった。


 後から聞いた話だと、その盗賊団の正体は奴隷商人であったことを知ったニグルは必死に彼女の居場所を探ったものの有力な手がかりは見つからなかった。


「辛い話かもしれないけど、もう死んでるかもな....」


 深くは考えないようにしていたが、生き別れた妹が既に死んでいるかも知れないなどと考えると気が滅入りそうになる。


「....あれ、先生....泣いてるの?」


 いつの間にか目を覚ましていたシャーリィが彼の顔を見つめていた。

 どうやら自然と涙が出ていたようだ、彼女に弱いところは見せまいとニグルは目を思い切り拭う。


「な、泣いてねぇよ」


 気丈に振る舞うも、シャーリィの目は誤魔化せなかった。


「嘘、泣いてたでしょ」


 シャーリィは見逃してはくれず、理由を洗いざらい話すことになってしまった。


「先生には妹が居たと....私やフレイヤの事をやけに気にかけてくれるのはそういうことだったんだね」


「あいつと生き別れたのはもう五年前の事だ、手がかりも全くないし、もう諦めかけている」


 しかしその瞬間、シャーリィはズイッと顔近付けて言った。


「私は親も親戚もみんな死んじゃってるけど、先生はまだ望みがあるよ、だから諦めるなんて絶対にダメ」


「そうかシャーリィの家族は....」


 鬼人族は人間から酷く忌避されているので迫害により家族を失うのは、自然と言えた。


「うんみんな殺されちゃった、私が六歳の時にね」


 あまりにも壮絶な幼少期に、ニグルは絶句してしまう。

 それと同時に彼の肩に重くのしかかっていた苦悩が少し楽になった気がした。


「ありがとうな、シャーリィなんだか分からないけど気が楽になった」


「ふ、ふん先生がこんなにネガティブだと私たちの授業に関わるからね、ほらしっかりしてよ!」


 シャーリィは腕を組んで、強気な態度で振る舞う。


「はいはい、とりあえず明日も授業があるんだから子供はもう寝ろよ」


「先生も早く寝なよ、明日は大事な授業なんでしょ?」


 そう、明日は中級魔術の実技授業が行われるのだ、模擬戦として他のクラスと対戦を行う予定である。


 少しするとシャーリィは再び、まどろみに囚われていった。

 彼女が完全に眠ると、ニグルはある一つの決意を固めた。


「生徒に諦めないで、って言われたからには引き下がる訳にはいかないな....俺はいつかイリス....アイツを救い出してみせる、どこに居ようとな」


 ―――――――――――――――――――――


 翌日は二人仲良く、寝坊してしまった。


「先生のバカぁぁぁ!! あんなに言ったのに!」


「シャーリィも一切起きなかったじゃねぇか! これは二人の責任だ!」


 通行人は、学院の教師と生徒が言い争いながら駆ける姿に奇異の視線を向けていた。


「このままじゃ本当に間に合わねぇ....シャーリィ! ちょっとすまん!」


 ニグルは隣を走っているシャーリィを抱えあげたのだ。


「ちょっ! 何するの先生っ!」


「しっかり掴まってないと落ちるぞ、風の精よ、我らに空を駆ける力を....ウィンド・ステップ」


 ニグルがスペルを読み上げると、彼の足に小さな風が纏わりつく、そして一歩足を踏み出すと、空中を歩き始めたのだ。


「お、落ち....ひいっ....」


 シャーリィは酷く怯えている、どうやら高いところが苦手であったらしい。


「絶対に落としたりはしないから安心してくれ」


 そう言ってやると、シャーリィは先程までの慌てようが嘘みたいに大人しくなったのだ。


 それからギリギリセーフで教室の窓から学院に入ったのだが、彼は気づいていなかった、シャーリィを抱えたままであったことに。


「お、おはようございます....? ニグル先生....」


 フレイヤはプルプルと指を震わせながら、ニグルたちを指差す。

 他の生徒の反応も似たようなものであった。


「よ、ようおはよう....ええとなぁ、これは遅刻しそうになったシャーリィを抱えてきただけだから!」


「「「「で、お二人はどういった関係ですか?」」」」


 生徒たちから一斉に疑問が投げかけられた。


 その後、彼らが納得のいく理由をでっち上げてなんとかその場は凌いだのであった。


 ―――――――――――――――――――――


 ヴァルガード魔術学院の実技場、そこは学院の敷地内に併設された広大な森林と平原に囲まれた地帯である、ここではクラス対抗の模擬戦が行われる場所だった。


「よし、さっき説明した通りだ、今日は一組との模擬戦を行う、ちなみに今回は中級魔術の成果を存分に活かす場ということになっているから初級は極力使わずに中級にどんどんチャレンジしてみてくれ」


 ニグルが指示を送ると、生徒たちは各々ペアを作る。


 ルールは至って簡単であった。

 二人一組でペアを作り、実技場に入る、そして別クラスのペアを見つけ次第、相手を戦闘不能にする。

 より多くのペアを戦闘不能にした方のクラスが勝利を手にするというものだ。


(シャーリィとフレイヤは一緒か....大丈夫だろうな)


 二人はクラスの中でも特に魔術の腕がいい、それに仲が良い二人なら連携も取れるだろう。


 だがニグルは一つだけ気がかりがあった。


「フォルネウス....あいつも一組に居るんだよな....心配だ」


 あの時は脅しを入れたが、奴が何かをしでかす可能性もあったからだ。

 だが彼に出来るのは、シャーリィたち、生徒たちが無事に帰ってくることだけであった。

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