第13話 シャーリィの苦悩

「こいつ、まじでツノが生えてんじゃねぇか! ギャハハ!」


 シャーリィは無数の生徒たちに囲まれて、ツノを隠すための帽子をある一人の生徒に奪われていた。


「ぼ、帽子返してっ....」


 彼女はフレイヤと歩いていた時に、突如囲まれて連れていかれたのだ。


「うるせぇぞ、この鬼人がっ!」


 目の前の男、一組のフォルネウス・サウザーは拳を振り上げ、彼女の腹に一撃叩き込んだ。


 彼は貴族の出であり、その権威を振りかざしてやりたい放題していたロクデナシだったのだ。


「クスクス、ちょっとサウザー君〜これ以上やったら先生たちに怒られちゃうよ?」


 取り巻きの女子生徒たちは、ふざけた口調で彼に言うものの、顔には醜い笑みを貼り付けていた。


「俺は大貴族サウザー家の御曹司だぞ、この学院の先公なんて金をチラつかせれば口止めくらいどうってことないさ」


「さっすが〜! なら早く、この悪魔を駆除しようよっ」


 取り巻きは颯爽とフォルネウスを煽り立てる。


「なぁシャーリィ・ミィル・チェルスター、お前が鬼人族だとバレてしまったせいでこの学院に居ずらくなったのなら俺の奴隷にならないか? 思う存分可愛がってやるからよぉ!!」


 フォルネウスが突きつけてきた要求は、到底容認できるものではなかった。

 彼は気に入った女子生徒を家の力で奴隷に仕立て上げ、苛烈な暴力を奮っているのだという、そんな男にシャーリィが従うはずもなかった。


「あなたみたいな暴力をすぐに振るう最低な男に、私が屈すると本当に思ってるの....?」


 シャーリィは薄い笑みを浮かべながら言い放った。

 しかしその言葉はフォルネウスに対しては悪手であった。


「あぁん? なーんかムカついてきちゃった....テメェ一旦顔に傷をつけようか? 風の精よ、鋭い疾風で敵を裂きたまえ、ウィンド・カッター」


「えっ....!?」


 なんとフォルネウスはなんの躊躇もなく、シャーリィに向けて魔術を発動させたのだ。

 しかしその風刃が、彼女の顔を裂くことはなかった。


「きゃっ....」


 いきなり自らの体を抱えあげられたのだ。

 シャーリィが顔を上げるとそこには、スーツに身を包んだニグルの顔が眼前にあった。


「先生っ、どうしてここに....?」


「....薄々感じては居たが、やっぱりこうなっちまうのか」


 ニグルは、シャーリィが鬼人だと露見した時に、ある危険性を感じていた。

 それは彼女を排除しようとする動きだ。


 そのため、フレイヤが説明する前に、何があったのかは大体察しがついていたのだった。


 しかしニグルが邪魔したことがよっぽど気に入らなかったのだろう、フォルネウスは敵意を剥き出しにしているようだ。


「誰かと思いきやアルバイトの先公じゃねぇか、そいつを庇うのか? 人類の敵、鬼人族だぞ」


「学院じゃ鬼人も人間も関係ない、俺は生徒を守るのが仕事だからな、お前は確か....ロクデナシ貴族として有名なフォルネウス・サウザーか」


 サウザー家は悪名が轟いていた為、ニグルも存在を認知していた。


「ロクデナシ貴族....だと....貴様ぁ! 風の精よ! 鋭い疾風で敵を裂きたまえ! ウィンド・カッター!」


 貴族は侮辱されることを極度に嫌う、そのためフォルネウスは教師が相手でもなんの躊躇もなく魔術を発射してきたのだ。


「俺の教え子の顔を傷つけようとした挙句、学院の規則違反か....」


 顔面に迫る風の刃、しかしニグルはそれを首を捻り、ひょいっと躱したのだ。


「んなっ....! 俺が使える最速の魔術をいとも容易く....」


 得意な魔術だったのだろう、あっさり避けられたことに驚きを隠せないでいた。


「魔術の使い方が下手だな、動きが大振りすぎる」


 ニグルは冷静に、フォルネウスの動きを分析する。


「魔術っていうのはこう使うんだよ、フレイム・ネックレス」


 彼はか細い声でボソッと呟く、するとフォルネウスの首の周りに炎のリングが生成され、それは奴の首を絞め上げようと迫る。


「うわっ、なんだこれ....熱っ! クソ、何しやがった!?」


 あまりの熱さに耐えきれず、フォルネウスはじたばたともがいている。

 しかしニグルは指をパチンと鳴らし、魔術の発動を止めたのだ。


「教師が生徒に手をかけたらさすがにやばいからな、ここで止めといてやる、だからさシャーリィの帽子を返してくれないか? 彼女にとってこれは大切な物なんだ」


「......」


 フォルネウス無言のまま、震える手でシャーリィの帽子を手渡してきた。


「ありがとう、それと....くだらねぇ取り巻き共もな、シャーリィが鬼人だからといってこんな嫌がらせや暴力を振るって言い訳がないからな、よく覚えておけ」


「は、はい....」


 ニグルの迫力に圧倒されたのか、取り巻きの女子生徒たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「フォルネウス、お前も貴族として生まれたのなら力の使い方を間違えるなよ、足を踏み外せばその先に待っているのは最悪の未来だからな」


 見事に帽子を取り返したニグルは、シャーリィを連れてフォルネウスの元を立ち去った。


 しかし彼はまだ気が付かなかった、フォルネウスはニグルを明確な敵として見ていたことに。


「ほらシャーリィ、帽子を取り返してきたぞ」


「ありがとう....でもまた先生に迷惑かけちゃったね....まだ体も万全じゃないのに」


 シャーリィは申し訳なさそうに言う、自分のせいでまたニグルに無理をさせてしまったことを悔いているのだろう。


「だから言ったろう、生徒を守るのが俺の仕事だ、こんなことに負い目を感じてんじゃねえぞ、それに今回悪いのはフォルネウスだ、お前は悪くない」


「やっぱり先生って変わってるね、鬼人族なんて忌避されて当然なのに今までと変わらず接してくれるなんて」


 鬼人族は世間的には差別される人種である、下手したらいきなり殺されてもおかしくないほどに。

 だからシャーリィは自分の正体がバレないように徹底的に頭を隠し、経歴も偽っていたのだ。


「シャーリィは別に悪いことをしてないだろ? なら忌避する必要なんてない、当然だ」


 彼の声を聞いているとシャーリィは自然と落ち着いてきた、心地よかったのだ。


「今日は助けてくれてありがとう、先生」


「よし、ならフレイヤたちも待っている事だし授業再開するぞっ!」


 しかし今回の騒動が、後の大事件の引き金になることをまだ二人は知らなかった。

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