第12話 鬼人邪教団の真実
教団の魔術師ボマー襲撃による死者は、辛うじて門番二名だけであったが、ヴァルガード魔術学院が襲撃されたという出来事は瞬く間に世間に知れ渡った。
そして鬼人族の生き残りが居たという情報は学院側が必死に口止めを行った為、噂程度の話でしか広まらなかったのだ。
「う....俺、また倒れたのかよ」
「この光景は二度目だぞニグル、よく無事でいてくれたな」
ベッドの横にはいつか見たであろう光景が広がっていた。
アルカはニグルを見据えながら淡々と話す。
「お陰様で、体調は万全ですよ....ゲホッ!」
しかし唐突に咳き込むニグル、そんな彼の様子を見てアルカがそっと呟いた。
「....それがお前の代償か」
「はい、俺の禁忌指定魔術は使う度に寿命を少し削っているんです....」
「お前の代償は想像以上に重いものらしいな、それもそうか、あんな強力な力が生半可な対価で使えるわけがないか....」
だがニグルはある事が気になった、アルカが背負う代償についてだ、彼女は一見すると何も代償を背負っていないように見えるのだ。
「学院長も禁忌指定魔術を使えるんですよね、代償は....なんですか?」
なのでニグルは思わず尋ねてしまった。
「妾の背負う代償は不老だ、文字通り肉体が歳をとることが無くなるんだ」
名門の学院長という座に着きながら、彼女の見た目が子供な理由もようやく合点がいった。
「え? 普通にいい代償じゃないんですか? 歳を取らないんだなんて羨ましいですよ」
しかし、アルカから返ってきたのは深いため息だった。
「はぁ....お前は何も分かっていないな、いいか子供の姿のままというのは思った以上にキツいんだぞ、名門の学院長と知られてるものの、色んなヤツに舐められるし、知り合いや友人はみんな立派な大人になるしで、妾は長年この代償に苦しめられてるんだ」
アルカは激しく地団駄を踏みながら、怒りの形相を露わにする、彼女も苦労しているんだな、と察するのだった。
「それと学院長、ボマーの所属している鬼人邪教団って一体何なんですか....?」
「ああ、そヤツらはな....」
アルカが話し始めるその時だった、騒々しい足音を立てながら医務室に入って来たのは、シャーリィとフレイヤだ。
「あっ、先生....良かった、本当に」
「血を吐いた時はどうなるかと思ったよ、先生はボクたちの恩人なんだから死んでもらっちゃ困るんだよ!」
二人とも朝早くから寮を飛び出してきたのだろう、髪はボサボサで制服も慌てて着込んだ為か、所々はだけていた。
ニグルは目のやり場に困ったため、咄嗟に目を逸らす。
「おいおい、ニグルが心配なのは分かるが、なんだその制服の着方は....女の子がはしたないぞ」
「げっ、学院長....すみません....」
「ごめんなさい....」
急に顔を赤らめて、制服を着直す二人なのであった。
「それより先生、体は大丈夫なの....? いきなり血を吐くなんて普通におかしいよ」
「あ、ああ大丈夫だよ、それより俺はこれから学院長と大切な話があるからお前たちは今日から授業再開なんだろう? もう時間ギリギリだぞ」
ニグルが眠っていた間は学院は臨時で休校していたのだ、しかし二日も経過して事後処理も終わってきた為、今日から再開することになったのだ。
「あーっ! シャーリィちゃん、急がないと!」
「ま、待ってよフレイヤ!」
二人は知らないうちにすっかり打ち解けたようで、今までのような他人行儀な態度は無くなっていた。
「あいつら、いつの間に仲良くなったんだ....」
「彼女たちも困難を経験したからこそだろう、それより鬼人邪教団についてだけどな、少し長くなるが話してやろう」
彼女によると、鬼人邪教団というのは元々、鬼人聖教団と呼ばれた、人間と鬼人の共生を教義に掲げていた宗教だったのだという。
しかし、五十年前に学院都市が建造される前のこの地で起こった、ヴァルガードの叫びと呼ばれる大事件によって数多くの鬼人族が虐殺されたのだ。
ヴァルガードの叫び、ニグルもこれについては知っていた、数々の禁忌指定魔術を生み出して暴虐の限りを尽くした鬼人族を、人間達の連合軍が討伐したという出来事だ。
しかしアルカは徐々に顔を曇らせていく。
何かこの話には裏があるらしいのだ。
「だが禁忌指定魔術を生み出したのは極わずかな鬼人族だけだったんだ、他の大多数は罪もない鬼人たちばかり....だけどこの事件は肯定的な意見が多数を占めた、何故なら禁忌の魔術を生み出した危険分子を排除するという大義名分を元に事件は起こされたからだ」
世界的な大事件の裏を知ってしまい、ニグルは思わず絶句してしまう
「....いくら禁忌指定魔術を生み出したからといって当事者以外もいきなり大虐殺だなんて....聞くだけで胸糞が悪くなる話だ....」
「この事件の後、鬼人聖教団も粛清の対象になったのだが、彼らはその前にひっそりと表舞台から姿を消した....奴らは恐れをなして逃げ出したのだろうと当時は散々に言われていたがそれは大きな間違いだった....」
ニグルはその意味が理解出来たので、彼女より先に答える。
「なるほど、鬼人聖教団は鬼人邪教団と名を変えて、巨大テロリスト集団に変わった....という訳ですか」
どう考えても引き金になったのは、鬼人族を虐殺するという蛮行を行った人間だ、信仰していた鬼人族を皆殺しに近い形で殺されて怒る気持ちも分かる、しかし今の教団のやり方は人道に外れているのも明らかな事実であった。
難しい問題だと、ニグルは重く考えてしまう。
「教団の連中が他の人間を恨むのも分かるが、だからと言って、罪なき学院生を使ってまでテロを引き起こすなんて間違っている、だから妾は奴らの行いを許すことは到底出来ないんだ」
アルカはあの光景を思い出し、拳を震わせる。
ニグルも教え子達が殺されかけているのだ、奴らを敵対視する他なかった。
「俺もです、こんなマネを次にしでかしたら必ず自分の手で殺します」
彼は生徒たちを守るために決意を固めたのだった。
そんな時、血相を変えて医務室に飛び出してきた人物がいた、それは先程出ていったはずのフレイヤであった。
「フレイヤ? 授業はどうしたんだ」
しかし彼女の顔を見ると、瞳に涙が浮かんでいたのだ。
「先生....シャーリィちゃんが....お願い、あの子を助けてっ!」
必死に言葉を絞り出すフレイヤ、ただならぬ事態が起きているのは明白だった。
「分かった、何があったのかは分からないが俺に任せろ」
ニグルは重い体を起こし、ベッドから抜け出したのだ、当然のごとくアルカに止められてしまう。
「ニグル、そんな体で何が出来るんだ、妾が行くからお前は大人しく寝ているんだな」
優しく諭したつもりだったのだが、ニグルが返したのは絶対零度の眼差しだった。
「学院長....すみませんが、もう世話になる訳にはいかないんですよ....いくらアルバイトとはいえ俺は教師だ、生徒の力になりたいんです」
ニグルのえも言わせぬ、迫力に圧倒されてしまい、アルカは無言で道を開けてくれた。
「フレイヤ、早くシャーリィのところに案内してくれ」
彼は教師のスーツに着替えながら部屋を出たのだった。
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