第10話 二つに一つの選択肢

 学院を襲撃したボマーという女の狙いは、なんとシャーリィであった。


「なんでお前がシャーリィを狙うんだ」


「それは世界に一人だけしか居ない鬼人族だからだよ、ウチの教団は強大な力を持つ鬼人ちゃんを上手く有効利用しようってわけ、殺したりはしないから安心してもいいよ」


 人質が居るからか、ボマーは自らの目的を淡々と語る。


「ふざけるな、いきなり爆弾人間で爆破してくるような集団に生徒を渡せるかってんだ」


 当然ニグルの答えはNOであった。

 それと同時に彼はボマーを無力化させるためにウイルス・メイカーを発動させようとした。


「ウイルス・メ....」


 その時、ボマーの眉がピクリと動いた。


「なーんだか嫌な雰囲気がするね、ねえ先生、魔術使おうとしてるでしょ」


 完全に見抜かれていた、このまま強引に魔術を使えばフレイヤが殺されてしまう可能性があった為に彼は即座に発動を止めるしかなかった。


「.......っ」


「ねぇ先生、三十分だけ時間をあげるよ、お姉さんに鬼人ちゃんを引き渡すか、ここでフレイヤちゃんが爆殺されるかっ! 二つに一つだよ〜」


 そしてボマーは究極の選択を押し付けてきたのだ。


「少し、待ってくれ」


 当然シャーリィのことを無視してまで決めることは出来るはずもなかった。


 落ち着いた様子で教室へと戻ったニグルを出迎えたのはシャーリィだった。


「せ、先生....一体何が起こってたの?」


「すまん、シャーリィだけちょっと来てくれ、他は魔術書を読みながら、今後のことでも考えているんだな....」


「えっ....私だけ?」


 平静を装ってるものの、ニグルの焦る心は教室中の生徒全員に見抜かれていたのだった。


 空き教室へと足を踏み入れたのと同時にニグルは本題を切り出した。


「学院が襲撃されている、一人の魔術師によってな、そしてフレイヤが人質にされているんだ」


「そんな....フレイヤさんが....」


「奴の狙いはお前だ、シャーリィ、もしお前を引き渡さないのならフレイヤを爆殺すると言っている、単刀直入に言う、フレイヤを救う為に犠牲になってくれないか?」


 奴の言うことが本当なら、シャーリィは向こうで殺されることは無いだろう。


「はぁ....幻滅しただろ? どうにかしようにもウイルス・メイカーを使えば奴に察知されてフレイヤは殺されるから、もうお前を差し出す以外の選択肢が無いんだよ」


 シャーリィは俯いたままであった、無理もない、信頼していた教師に犠牲になってくれと言われたのだ。


 しかし顔を上げた彼女の言葉は前向きであった。


「わかった先生、フレイヤさんが助かるなら、私は喜んで向こうに行くよ」


「本当にすまない....いつか必ず助けるからな」


 ニグルはただ頭を下げることしか出来なかった。


 二十分後、再びボマーの元を訪れたニグルは彼女に言い放つ。


「ボマー! シャーリィを差し出すから今すぐフレイヤを解放しろ!」


 すると校舎の屋根に座り込んでいたボマーとフレイヤが降りてくる。


「もーせっかちだなあ、その子が本当に鬼人ちゃんかどうか、まずはツノを見せてよ」


 ボマーはいやらしい笑みを貼り付けながら、シャーリィに向けて指を差す。


(このやろ....シャーリィが見られたくないものを見せろって....ふざけやがって)


 ニグルは腹の底から湧いてくる怒りを必死に抑えていた。


 先程から、学院の校舎の中で、生徒たちがこちらを見ている。

 ここでツノなどを出せば全員の目に入ってしまう、奴はそれを分かっているのにも関わらずあえてツノを見せびらかせと言うのだ。


 シャーリィは小刻みに震えながら頭の帽子を取り外したのだ。

 紫の髪から伸びる二つの黒光りしたツノが顕になる。


「うんっ、鬼人ちゃんで間違いないねっ! さあお姉さんと一緒に行こう」


 シャーリィはフラフラとした足取りでボマー元へと向かう。


(本当によかったのか、これで....フレイヤもシャーリィも死ぬ事は無い、だけど生徒を見捨てるなんて....)


 ニグルは何も出来ない無力感を嘆いていた。


「鋼鉄の楔よ、巻き付け、チェーン・バインド」


 自らの元に来た彼女に対して、ボマーが魔術を発動、シャーリィの両手首が魔術によって生み出された鎖で後ろ手に拘束される。


「....おい、早くフレイヤを解放しろ....」


「もーうるさいな、分かってるって、ほらフレイヤちゃん、先生のところに帰りな」


「あっ.....え」


 呆然とした表情で、背中を押されるフレイヤ、その小柄な体をニグルが受け止めた。


「空間の裂け目よ、我らを彼の地へと導け」


 長距離移動を可能とする魔術なのか、空間の裂け目が顕になる。

 空いた裂け目の中に入ろうとするボマーとシャーリィ、しかしニグルはその時、あることに気がついたのだ。


「待て....まだフレイヤに掛けた魔術を解除してないだろ....」


 すると醜悪な笑みを見せたボマーは衝撃的な事を言う。


「あぁ爆弾人間? それって解除する方法無いんだよね〜それとフレイヤちゃんは半径一キロメートルを破壊する出力にしてあるから、一緒に吹き飛んでね、先生」


「な、ふざけるな! 約束が....」


「うるさい♡ ブラスト」


 ボマーは言ってしまった、起爆合図であるスペルを。

 その時、抱き抱えたフレイヤが発光しだした。


「先生、嫌だよ....私、死にたくないよ」


 フレイヤは涙目で必死に言葉を絞り出す。


(死ぬのか、フレイヤも、俺も、他の生徒も....また守れずに)


「ふざけやがってこの外道がああああ!!」


 死の直前、ボマーに向けて啖呵を切ったニグルだった。


『ディバイン・デリート!』


 だが聞こえてきたのは爆発音ではなく幼くも、気高き声であった。


 咄嗟に目を開けるとそこには、先程まであった空間の裂け目が完全に消えていたのだ。


「あ、あれ、裂け目が....どうして」


 ボマーは初めて、明らかな焦りを見せた。


「おうおうおう、妾が不在の間に大変な事になってるな、おーい大丈夫かニグル!」


 ニグルが声がした方向を振り向くと、学院校舎の屋根に緑髪の少女が佇んでいた。

 何を隠そう、会合に出ていたはずの学院長アルカティア・ウィンブルだったのだ。




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