第8話 鬼人邪教団の謀

 学院都市ヴァルガード郊外の廃屋。

 内部には一人の女が佇んでいた。


「先日にメイナードが実行した鬼人ちゃん捕獲作戦なんだけどさぁ、思わぬ邪魔が入ってあいつ失敗しちゃったらしいんだよ」


「ほぅ......あの鬼ノ足が失敗したんですか....?」


 美しい金髪を靡かせる女は、念話の魔術で遠くの人物と会話を交わしているようだった。


「なんか学院の教師が鬼人ちゃんと一緒にヘルズ・エリアに入ってメイナードを倒しちゃったらしいよ」


「なるほど....では鬼ノ頭からの指示を伝えます、鬼人族の少女に関しては鬼ノ目に一任とする」


 念話先の男から、鬼ノ目と呼ばれた女に対して指令が下った。


「うん、鬼ノ目ボマーは必ずや鬼人ちゃんを捕獲するよ、崇高なる鬼人族に栄光あれ」


「任せましたよ鬼ノ目、崇高なる鬼人族に栄光あれ」


 彼らの名は鬼人邪教団、鬼人族を崇め奉り、ヘルズ・エリアを生み出す元凶、この世界の裏で暗躍する過激派宗教組織であった。


 ―――――――――――――――――――――


 学院では、ニグル先生による初授業が始まっていた。


「まずお前たちに一つ質問だ、魔術とは何だ? 分かった人は手を挙げてくれ」


 初級魔術を履修したばかりの魔術師にはまず分からない問題だ、ニグルは答えられない前提で質問を投げかけていたのだが、一人だけ手を挙げた生徒がいた。


「.....なら説明してもらおうか、フレイヤ」


 なんと、その生徒というのがフレイヤだった。

 彼女は即座に席を立つと、説明を始める。


「魔術というのは周囲の空気中に漂う魔力と、特殊な言葉での詠唱、スペルの二つを反応させると様々な現象が起こる、これが魔術です」


 ニグルが求めていた答えが一発で出たのだ、流石の彼も、フレイヤの博識さには感心した。


「百点満点の答えだ、初級魔術を履修したばかりの者はスペルだけで魔術を使えると思い込んでることが多いがそりゃ大きな間違いだ、魔術師っつうのはそもそもの話、周囲に魔力が残存していない場合は何も出来ないのさ」


 シャーリィはこの知識について知っていたので無反応だったが、他の生徒たちからは関心に満ちた声が上がる。


「本題に入ろう、中級は初級よりも多くの魔力を消費するんだ、それにより魔力が枯渇して魔術が上手く発動しないことなんて頻繁に起こっちまう、そこで使うのが魔力補助スペルだ」


「なんですか.....それ?」


 生徒のみならずフレイヤからも困惑の声が上がる、なぜなら学院指定の魔術書にすら、存在が書かれていないからだ。


「まあ手本を見せた方が早いな」


 ニグルは周囲の魔力を感知し、スペルを紡ぎ出す。

 中級魔術のフレイム・ランスである。


「鋭き炎の精よ、魔力を補い、刺突にて眼前の敵を貫け」


 すると炎の槍が眼前に顕現する、さすがに校舎にぶつけてしまうと火事になりかねないので途中で消すことにした。


「今みたいにスペル内に『魔力を補い』という一節を追加することで、魔力消費を抑えることが可能だ」


「すごいよニグル先生っ! ボク、感動しちゃった....」


 新たな知識を蓄えられたのか、フレイヤは目を輝かしている。

 どうやら彼女は、強くなろうという熱意は人一倍強いらしい。


「授業の残り時間は、各々で通常のスペルに魔力補助スペルを上手く組み込んでみてくれ」


 こうしてニグルの初授業は大成功に終わったのだった。


 ―――――――――――――――――――――


「相変わらずすごい人気だね、先生は」


 ニグルは偶然? 出会ったと言い張るシャーリィと共に帰路へと付いていた。

 学院の生徒は近くにある寮に住んでいるのだという。


「そうか? 俺はただ、自分の持ってる知識をお前たちに伝えてるだけだ」


 ニグルは嬉しそうにそう答える。


「ねぇ.......先生に聞きたいことがあるんだけど...もしかしてあの時の禁忌指定魔術って使う度に先生の体に悪影響を及ぼしたり....とか無いよね?」


 いきなり核心を突く質問に、両者の間にはしんみりとした空気が漂う。


(隠し事は通用しないか.......)


「ウイルス・メイカーか、アレはな使う度に俺の寿命を削っているんだ、禁忌指定魔術っつうのは悪魔に魂を売り渡すようなもんだからな」


 そう言った次の瞬間だった、いきなりシャーリィがニグルを突き飛ばしたのだ。


「うおっ! なにして.....」


 途端に転倒するニグル、その上にシャーリィが馬乗りに乗ってきたのだ。


「もうウイルス・メイカーは使わないで.......このままじゃ先生の寿命がどんどん失われていってしまうよ!」


 シャーリィの口から出たことは、彼の身を案じてのことであった。

 しかし彼の答えは決まっていた。


「.......悪いが約束できそうにない、この前みたいにお前たちに危害が及ぶと判断したら俺は遠慮なくウイルス・メイカーを行使するつもりだからな」


「自分の命を秤にかけてまでもそこまでするのは....どうしてなの?」


 段々と涙目になってくるシャーリィ。


「さあ、なんでだろうな....過去の後悔もあるんだろうな....」


 あの時、あの日、あの瞬間に守れなかったある少女を思い出してしまい、自己犠牲気味な行動をしてしまうのだろうと、ニグルは改めて感じた。


「そんなに泣くなって、分かった極力使わないようにするから安心しろ、な?」


「ほんと.......?」


「ああ本当だ、それにシャーリィさん? 周りの目が少々キツイです」


 なんとこの一部始終は、通行人に目撃され続けていたのだ。

 傍から見れば生徒が教師に馬乗りになっているという、なんとも奇妙な光景だっただろう。


「私ったらまたやってしまった.....せ、先生! 私はこれで!!」


 途端に我に返ったシャーリィは、寮への道をとんでもないスピードで駆け走るのであった。

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