第5話 ウイルス・メイカー

「ウイルス・メイカー....発動」


 ニグルが宣言すると、禁忌指定魔術の魔法陣が展開される。

 しかし魔法陣はすぐに消失してしまったのだ。


「「え?」」


 シャーリィも、男も同時に素っ頓狂な声を出す。

 それもそうだ、発動させたのはいいものの何も起こらなかったのだ。


「フッ....」


 ニグルは得意げな笑みを浮かべた。

 しかし男から返ってきたのは嘲笑であった。


「あれれ? 禁忌指定魔術を使うと言っていた割には発動してないじゃないですか」


「せ、先生! どういうことなの!?」


 シャーリィも、裏切られたような目で、ニグルを見つめる。


「シャーリィ......逃げるぞっ!!」


 シャーリィの体を小脇に抱えると、ニグルは元の道を引き返すように、脱兎のごとく走り出したのだ。


「ええええっ! なんで逃げるのぉぉぉぉ!?」


 シャーリィはニグルの行動が理解出来ずに、呆れた声をあげる。


「ふふふ、ここまでの臆病者だったなんて....しかし逃げられる訳が無いでしょう!! ムカデの魔獣!奴を追いかけて殺しなさい!」


『キュロロロロロロロ!!!』


 再び、耳が痛くなるような金切り声に似た咆哮を上げた魔獣は、ニグル達を追跡するために移動しようとした、のだが。


「....なんで追いかけないのです! 動きなさい! 一体何が....なっ!?」


 なんと、魔獣が突如動かなくなったのだ。


「何をした....あの男!?」


 ―――――――――――――――――――――


「先生! 下ろしてっ!」


 シャーリィが騒いでいたので、優しく下ろしてやる、すると彼女はすごい剣幕で捲し立ててきた。


「なんで逃げたの先生....? 禁忌指定魔術を使えるというのは嘘だったの?」


「いや、嘘は言ってないさ、でもあそこに俺たちが居たら巻き込まれてしまうんだ」


 ニグルは意味深な言葉を言う。

 シャーリィには彼の言ったことの意味が分からなかったのだ。


「ど、どういうこと....?」


「まあ見てなって....よしそろそろだな、戻るぞ」


 恐る恐る、二人が先程の場所に戻ると、先程の魔獣は動かなくなっていた。


「よーし回ってるな」


 ローブの男は驚きを隠せないようで、ニグルに問いかけた。


「一体何をしたのです....!?」


「俺はあらゆる魔術を掛け合わせることでウイルスを生成することが出来る、当然ウイルスは目に見えないから、知らぬ間に散布して相手を感染させることも可能だ、これが俺の禁忌指定魔術、ウイルス・メイカーだ」


 ニグルは得意気に説明する、今まで彼が余裕そうな態度を取り続けていたのは、この魔術の存在があったからである。


「有り得ない....魔獣をも行動不能にしてしまうウイルスを作り出すなんて....」


 男は、ニグルの規格外の魔術を目にして途端に狼狽える。


「それが出来るから禁忌指定魔術なんだよ」


「すごい....まさかあのタイミングで魔術を発動させてたなんて....」


「さて、邪魔者を先に消してしまわないとな........燃えよ、白き業火よ、悪しき存在を我が眼前から滅殺したまえ、ホワイト・バーニング」


 トドメと言わんばかりに、動けないムカデの魔獣に対してニグルは冷徹に魔術を発動させる。

 一気に展開された巨大な魔法陣から、煉獄の白炎が迸った。


『キュロ.....』


 ムカデの魔獣は、断末魔を上げる暇もなく肉体の全てを焼却された。


「古代魔術....まさか先生がその域に達しているなんて」


 古代魔術とは一般的な魔術の位階である初級、中級、上級のどの魔術にも当てはまらない特殊な位階である。

 その名の通り、現代において扱える人間は限りなく少ないと言われている。

 古代魔術はどれをとっても威力が桁違いであり、大量の魔力を消費するという欠点が付いて回る。


「い、一体お前は何者ですか!?」


 規格外の力を連続で見せつけられ、ローブの男は酷く取り乱していた。


「俺は元マジック・ドリームス第四席のニグル・フューリーだ、今は底辺のアルバイト教師だけどな」


「マジック・ドリームスってあの有名な!?」


「あの忌々しい正義面した魔術師集団ですか....我々にとってはかなり目障りな連中ですねェ」


 どうやら男のバックには謎の組織がいるらしい。


(情報を聞き出すためには、殺す訳にいかないな)


 こんなこともあろうかと、男に対してもウイルスを散布していたのだ。


「お前の体には既に遅効性のウイルスが回ってる、ほぉら体が麻痺してきただろ?」


「体が....」


 男は途端に体が動かなくなり、地面に倒れ伏す。

 ニグルは男にゆっくりと歩み寄る。


「さて、知っていることを全て吐いて貰おうか、お前らのバックには誰がいるのか、そしてヘルズ・エリアの真実に付いても話してもらうぞ」


「ヒヒッ....」


 しかし、男は突然笑い出したのだ。


「何がおかしい」


「ヒヒヒヒッ! 私は秘密を守る! 例えここで自爆してでもだァ!!」


 その次の瞬間、男の体が眩く光った。

 至近距離にいたニグルは、咄嗟に距離を取ろうとするものの、間に合うはずが無かった。


「こいつ....まさかッ!!」


 ニグルは咄嗟に防御魔術を展開しようとしたのだが、禁忌指定魔術と古代魔術を連続で使用したため、周囲の空気中にはもう魔力が残っていなかったのだ。


「先生....! 早く....」


 シャーリィがニグルに対して、必死に手を伸ばした次の瞬間、地面が震える様な轟音と爆発が辺りを包み込んだ。





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