第4話 死の異世界

 暗い、そして冷たい。


「こ、ここは....」


 ニグルが目を覚ますと、そこは学院の中庭などではなかった。

 無骨な岩肌が露になっている、見渡す限り洞窟の様な場所であった。


「くそ....ヘルズ・エリアに一緒に飛び込んだのはいいが、どうやって脱出すりゃいいんだ....」


 ヘルズ・エリアは自然災害なので、ニグルは調査資料でしか知らず、取り込まれた経験が無かったのだ。


「ん? シャーリィはどこだ?」


 暗くてあまり見えない。

 慌てて手を伸ばしてみると。


 ふにっ


「っ.....きゃ」


 手のひらに柔らかい感触が伝わってきた。

 続いて聞こえてくるのは艶かしい声。


 視線を落とすと、声の主シャーリィが、瞳を潤ませていた。

 なんとニグルはシャーリィを押し倒すような形になっていたのだ。


「ごめん! すぐに降りるから!」


「.....先生....暗闇だからってサイテー....」


 シャーリィは、表情からして怒っているのは明白だった。


「本当にごめん、でもわざとじゃないんだ」


「本当かしら....?」


 弁明したものの、イマイチ信じてもらえなかった。


「ま、まあとりあえず暗いから辺りを照らそう....ここは深き闇、熱き火球で光を与えよ、フレイム・ランプ」


 ニグルはおもむろに詠唱を行うと小さな火球が現れ、辺りを照らし出した。


 すると周りの様子も分かるようになってきた。

 どうやら思った通り、巨大な洞窟だった。


 恐る恐る歩き出すと、何か固いものを踏んだのか、枝が折れるような音がする。


「せ、先生....これって骨....よね?」


 明らかに人骨だった、近くには頭蓋骨も落ちている。


「恐らく、ヘルズ・エリアに取り込まれた者の末路だろう、脱出出来なきゃ俺達もいずれこうなるってことだな」


「こんなところで死にたくない....早く出口を探さないと....!」


 シャーリィは焦りからか、顔から汗を吹き出している。

 慌てているのは明らかだった。


「落ち着け、無闇に行動すれば魔獣に気づかれる恐れがある」


「ま、魔獣....そんな化け物も歩き回ってるのね」


 魔獣とは地上でも度々現れる、正体不明の化け物。

 どれもが異形の姿をしており、人間を見つけ次第殺害しようとする危険な存在だ。

 ヘルズ・エリアでも存在を確認されており、ここでの死亡理由の大半が魔獣による攻撃である。


「先生....不安なので....手を繋いでも....?」


 シャーリィが恐る恐る手を差し出してくる。


「ここではぐれたら、それこそ死ぬかもしれないからな、いいぞ」


 その小さな手を、ニグルは握った、あまりにも細い手に若干驚きつつも、彼らは進み続けた。


「あっ、先生あそこに袋が落ちているよ、もしかしたら役に立つものが入っているかも....」


 シャーリィは何やら白い袋を見つけたようで、先人が残した物かと思って駆け寄った。


 しかしニグルは嫌な予感がしたのだ。


 昔、見た事があったのだ、宝箱などに潜む魔獣を。

 もし奴が袋に潜んでいてもおかしくないんじゃないかと気が付いてしまった。


「シャーリィ! ダメだ、その袋には魔獣が潜んでいる可能性が....」


「えっ....」


 しかし忠告虚しく、シャーリィは袋に手を伸ばしてしまう、その瞬間、袋の口から赤黒い触手が飛び出してきたのだ。


「きゃ....助け....」


 このままでは触手で彼女の体が貫かれてしまう。

 慌ててニグルは、魔術を発動させる。


「フレイム・ショット!!」


 フレイム・ショットは殺傷性のある火球を撃ち出す上級魔術である。

 正に音速を超える速度で、炎の弾丸が魔獣を貫いたのだ。


『グギャァッ!』


 袋に潜んでいた魔獣は、黒い粒子となり、辺りに四散した。


「あ、ありがとう先生....助かった」


「気にするな、生徒を助けるのは当然だ....まあ今日、教師になったばかりの奴が言うことじゃないな」


 ――――――――――――――――――――


 それから二人は、様々な魔獣と出くわすものの、時には逃走し、時にはニグルの魔術で排除しながら進んでいった。


「先生....そろそろ休んでもいいかな....?」


 シャーリィはまだ子供だ、体力はそこまで高くないのだろう、段々と息が上がってきていた。


「悪しき者の認識を阻害せよ、ハイドル」


 ニグルは認識阻害の魔術を発動させ、安全な空間を作り出す。

 それから冷えないように焚き火を焚こうとしたのだが、シャーリィに制止された。


「さすがにここまで先生にやってもらう訳にはいかない、私が火をおこすよ、燃え盛る炎を顕現せよ、フレイム」


 彼女は初級魔術のフレイムを用いて火を起こす、瞬く間に辺りは、ほんのり暖かい空間となった。


「なんで先生は出会ったばかりの私をこんなに助けてくれるの?」


「当たり前のことだよ、お前が生徒だからだ、なんて言うと格好が着くと思うんだがなぁ」


「ふふ....なにそれ」


 彼女は、中庭で話した時のように笑みを浮かべる。

 ニグルはその笑顔に少しだけ見とれてしまう。

 さすがに変な雰囲気になってきたので、ニグルは話題を変えた。


「そういえば、シャーリィはずっと帽子を被っているよな、何か理由があるのか?」


 先日、出会った日から気になっていたことだ。


「見る....? そんなに気持ちのいいものじゃないよ?」


「別に俺はなんとも思わん、秘密にしておいて欲しいなら誰にも言わないから安心してくれ」


 そう言うと、彼女はおもむろに頭の帽子を外した、そこにあったものは黒光りする二つのツノだった。


「まさかシャーリィって....」


「そう、私は鬼人族だよ、絶滅したと言われる種族のね」


 鬼人族とは特殊なツノが特徴的で、人間以上に魔術の扱いに長けた種族である。

 しかし、禁忌指定魔術をいくつも生み出したとして、様々な国で迫害を受けた末に絶滅した、と言われている。


 しかしシャーリィは絶滅したはずの鬼人族だったのだ。


 流石のニグルもこれには驚愕の声を上げずにはいられなかった。


「はぁ....言っちゃった、これは誰にも見せないって決めてたのに....先生、幻滅したよね」


 ニグルが幻滅したと思い込み、勝手に落ち込むシャーリィだったが、ニグルにはそんなつもりは毛頭も無かった。


「幻滅なんてするもんか、シャーリィのそのツノ、俺は可愛いと思うぞ」


「か、かわっ....!? お、お世辞はやめてよ先生....」


 途端に顔を赤くするシャーリィ、その表情はとても愛らしかった。


「そろそろ行くか、モタモタしてると俺達が餓死してしまうからな」


「そうだね、行こう」


 ―――――――――――――――――――――


 再び彼らは歩き出した、魔獣を極力避けながら進むと、開けた空間に出たのだ。


 石造りの螺旋階段が上まで続いており、最上層には、赤黒く発光する巨大な水晶の様な物があった。


「先生、あれって....?」


「昔、文献で見たことがある....恐らくアレがヘルズ・エリアを維持しているといわれる核石だ」


 あの石を破壊すれば、ヘルズ・エリアは維持できなくなり崩壊する、そうすれば脱出が出来るらしい。


「いきましょう、先生ここまで来ればあと一息....」


 シャーリィの表情が明るくなった、その瞬間だった。


「おやおやおやおや、まさかもう一人巻き込まれるなんて予想外ですねェ....」


 いきなり、螺旋階段を下ってくる、黒いローブに身を包んだ男が姿を現したのだ。


(別の人間だと....? まさか....)


「ヘルズ・エリアは自然災害のはずじゃ....どうして人間がいるの....?」


 先程まで希望に満ちていたシャーリィの表情が曇る。


「これはとんでもねぇ真実を知ってしまったかもな、ヘルズ・エリアは人工的に起こされた災害....」


「あなたがそれを知る必要は無い、何故ならここで誰にも看取られずに死ぬのですから!!」


『パチンッ!』


 すると、男は何かを呼び寄せるかのように指を鳴らした。


 突然、地面から赤黒く、巨大な魔法陣が展開されたのだ。

 その紋様は、禁忌指定魔術特有の物であった。


「ひっ....禁忌指定魔術....!? 」


 その独特な魔法陣を目にしたシャーリィは、怯えた声を出す。


 そして魔法陣から、姿を現したのは、巨大な体を持つ百本足の魔獣であった。


「さぁ奴を殺しなさい! ムカデの魔獣!!」


『キュロロロロロ!!』


 ムカデの魔獣は聞くだけで、不快感を催す様な鳴き声を上げる。


「嫌だっ....死にたくない....!」


 シャーリィは僅かな希望を打ち砕かれたのが相当なショックだったようで取り乱していた。


「落ち着けシャーリィ、こっちにも勝機はある!」


 慌てふためくシャーリィを落ち着かせるために、彼女に語り掛ける。


「えっ....そんなのどこに....?」


 そんなものは無いと言わんばかりに周囲をキョロキョロと見回すシャーリィだったのだが、ニグルは答えを告げる。


「俺も禁忌指定魔術を使う」


「せ、先生....?」


 言われたことが理解出来ずに、ニグルを呆然と見つめるシャーリィ。


「ウイルス・メイカー....発動」


 そしてニグルは告げた、彼の切り札である魔術の名を。

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