第3話 地の底の迷宮(ヘルズ・エリア)

 ニグルは目を覚ました。


 ここは学院都市にある、一軒家だ。

 今日から学院で働くことになったニグルだったのだが、いい住まいが見つからなかったのでアルカが特別に、と別荘を貸してくれたのだ。


「ほんとに至れり尽くせりだよ、アルカ学院長には感謝しないとな」


 彼は綺麗に畳んであるスーツに身を通す。

 これもアルカが気を利かせて用意してくれた物だった。

 そして得物である小さな杖を手に家を出た。


 ―――――――――――――――――――――


 学院への道を歩いていると、やはりというかかなりの数の生徒が歩いている。


「何度見てもすげー生徒数だな....」


 それもそのはずだ、ヴァルガード魔術学院は総生徒数二千人を超えているのだ。


 そんな時、ふと近くに貼られていた張り紙が気になった。


『謎の災害、地の底の迷宮(ヘルズ・エリア)に注意!!もしも取り込まれてしまった場合は、無闇な行動は避けて、落ち着いて救助を待ちましょう!!』


「....地の底の迷宮(ヘルズ・エリア)に注意....か、やっぱりここも災害とは無縁じゃないんだな」


 地の底の迷宮(ヘルズ・エリア)

 世界各地で突然開き、周囲の人間を取り込む謎の異世界の事だ。

 内部には凶悪な魔獣が闊歩しており、一度取り込まれてしまうと脱出は困難である。

 世界中どこにいても開く可能性があるので、人々からは自然災害の一種として恐れられている。


「きゃあ!」


 謎の災害について考え込みながら歩いていたのが災いしたのだろう、近くを歩いていた生徒とぶつかってしまった。


「ご、ごめん! 君、大丈夫かい?」


 転倒した生徒に、慌てて手を差し伸べるニグル。


「いてて....ボクも余所見をしていたので、お互い様です....」


 彼がぶつかってしまったのは女生徒だった。

 短めの赤髪に、目には眼帯を付けている、そして彼女は大事そうに一冊の本を抱えていた。


「あれ? もしかしてお兄さんって学院の教師ですか? あんまり見覚えがない先生なもので....」


 彼女は不思議そうな表情を見せる。


 彼女が見つめていたのは、彼のスーツだった、胸ポケットの近くに学院の紋章が縫い付けられていたため、彼を学院の教師だと思ったのだろう。


「俺は今日から、アルバイトとして教師を勤めることになるニグル・フューリーだ」


「もしかしてアルカ学院長の言っていた新しい先生ってお兄さんなんですか!? 優しそうな先生で良かった〜....あ、ボクは1年生のフレイヤ・ティラベルって言います、これからよろしくお願いしますね、ニグル先生」


「ああ、よろしくな」


 二人は軽い自己紹介を済ませた後、別々に学院へ向かった。


 なんというか、フレイヤは元気が良い生徒であった。

 誰とでも仲良くできるタイプなのは、話してみてすぐに分かる程である。


「あっ、やべぇ! 初日に遅刻とかさすがにまずいぞ!」


 近くの時計に目を通すと、もう七時半を過ぎていた。

 アルカと約束していた時間が迫っていたのだ。

 ニグルは慌てて駆け出した。


 ―――――――――――――――――――――


「ふぅ....何とか間に合ったな」


 ニグルはギリギリセーフで校門の中に滑り込んだのだ。


「早くアルカ学院長の元に向かわねぇと」


 足早に、学院管理棟を目指すニグルだったのだが、中庭に差し掛かったところで、ふと視界の片隅にある少女が映る。

 それは先日、町中で出会った少女だった。


 怪訝そうな表情で、少女の様子を伺うと、彼女は何かを呟いていた。


「....そろそろかな」


 流石に遅刻すると思い、ニグルは彼女に話しかけた。


「そこの君、時間は大丈夫か?」


「誰....!?」


 彼女は気配を察したのか、警戒心に満ちた表情で、ニグルを見つめる。


「あ、怪しい者じゃない、俺は今日からアルバイトで教師を勤めることになったニグル・フューリーだ」


 慌てて身分を証明すると、彼女は警戒が解けたのだろう、そそくさと歩き出す。


「....私は一年のシャーリィ・ミィル・チェルスターよ、よろしく先生」


 その少女、シャーリィはどこか妖艶な雰囲気が漂う少女だった。

 しかし、ニグルに見とれてる暇などなかった。


「私の心配をするのも大丈夫だけど先生も時間、大丈夫?」


 シャーリィはいきなりクスクスと笑い出す、そうだ思い出した、ニグルは時間に追われていたのであった。


「あっ、やべえっ!!」


 血相を変えて走り出すニグルだったのだが、次の瞬間だった。


『ズゥゥン!!』


 重苦しい音が辺りを包み込んだ。


「えっ....?」


 なんとシャーリィの背後に赤黒いゲートの様な物が現れたのだ。


(嘘だろ....こんな時にヘルズ・エリアが現れるなんて....)


「シャーリィ! すぐにそこから離れろ!! ヘルズ・エリアだ!」


 慌てて叫ぶも、シャーリィはヘルズ・エリアの、想像を絶する吸引力に為す術も無かった。


「あ....せ、先生っ!!」


(魔術で何とかするしかない!)

 そう思ったニグルは、懐から杖を取り出して詠唱を始める。


「....荒れ狂う暴風よ、彼の者を我が元へ引き寄せよ、アトラクト・ウィンド!!」


 すると魔法陣がシャーリィの背後に展開され、風がニグルの向きへ流れてくる。

 しかし風量が足りないのか、引き寄せる前に、彼女はグングンとヘルズ・エリアに吸い込まれそうになっている。


「も、もうダメ....」


(このままじゃ間に合わねぇ....どうすれば)


 彼女も抵抗する力が限界な様だ、こうなったらニグルに取れる選択肢は一つしかなかった。


「うおおおお!! 背に腹はかえられねぇ!!」


 せめてもの抵抗にと、シャーリィと共にヘルズ・エリアに取り込まれる事であった。


「せ、先生!? そんな....私の為に」


 驚きの行動を取ったニグルに、シャーリィは驚きを隠せなかった。


「後で学院長には謝らねぇとな....」


 そう呟いた瞬間、彼らの意識は闇へと堕ちた。


―――――――――――――――――――――


「ニグル....遅いな、何かあったのか....?」


 アルカは妙な胸騒ぎを感じていた。

 そしてそれは、現実のものとなる。


「アルカ学院長! 中庭でヘルズ・エリアが開きました!」


 血相を変えて飛び込んできた一人の教師が、驚きの報告を上げた。


「なんだと....! 大至急生徒を避難させて、中庭に厳戒態勢を敷くんだ!」


「りょ、了解です!」


 支持を受けた教師は慌てて学院長室を飛び出す。

 アルカは、ニグルが取り込またことを確信していたのだ。


「ニグル....もし取り込まれたのなら無事でいてくれっ....!」

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