2.Desert land.

 約十年前のことだ。

その頃は今よりもプロ意識が高かった、と、野々ののハルトは苦笑いと共に述懐する。

『世界を滞りなく回す』を目的とする殺し屋組織『Back・Ground・Military』こと略してBGMの英才教育を受けた少年は、わずか三年後の青年期に差し掛かる頃には、同業者にも恐れを抱かれるほどの殺し屋になっていた。

殺し屋が殺し屋に抱く恐れとは、ごくシンプルに、殺される不安だ。

勿論、「今日殺されるかもしれない」なんて漠然とした不安を抱きながら、こんな仕事はやっていられない。そんな奴は一分一秒でも早く辞めた方が良い。

どこからともなく飛来する『魔法の弾丸フライクーゲル』が、自分の頭にヒットする妄想にかられるなら、悪党なんて辞めるべきだ。

つまるところ、ハルトが周囲に抱かれる恐怖とは、その類稀な技巧への賛辞に等しい。かつて、「死神」と呼ばれるほど恐れられた上司さえ、実地試験でハルトが披露した射撃には「震えた」と評価している。同業者の狙撃手スナイパーの腕、及び指を狙い、撃った三発全てを目標に着弾させた技術は、当時十五歳の少年にしては出来過ぎだった。

当のハルトは、評価されることに興味はない。だが、侮られるのは心外だと言う。

ほんの数年で培われたクソ生意気なプロ意識を抱えて、仕事もプライベートもきっちりこなすハルトを、上司であるアマデウスはよく笑った。

担当教官は殺し屋を公務員にする気だったのかと。

「リビア?」

数日前、ニューヨークのジングシュピール社のオフィスで、ハルトは書類を見るなり唖然とした。高層ビルのオフィスが厭味なほど似合う白人は、すっきりし過ぎて机以外何も無いかのような部屋で、ニューヨークの空をバックに椅子にもたれた。

「ハルは、アフリカ大陸は初だったかね?」

上司のアマデウスが発したのは、滑らかな日本語だ。出会った当初から、基本的には日本語で会話をと指示されているハルトも、むしろ馴染みの薄い母国語で返す。

「初ですけど……リノの間違いじゃないですよね?」

「勿論だとも。ネブラスカのリンカーン市でもない」

しょうもない問答に、先に嫌な顔をしたのは問い掛けた方だ。その表情を楽しむように眺めたブルーの両眼が細められ、四十代辺りの穏やかな容貌がにこりと笑った。

「不安かい? 心配しなくても、行きは私と一緒だ。君が嫌いな寒い地方でもない」

「不安というか……俺が行くような案件なんですか? 欧州の方が近いじゃないですか」

遠出が嫌だと言っているのではない。

BGMに13人存在する代表格は、世界各国に散らばっている。彼らは必要に応じて協力関係を結ぶが、普段は互いに干渉することなく自身の領内を管理している。アフリカ大陸のことなら、西側のTOP13に任せるのがセオリーだ。

それを、逸脱するということは。

「ハル、今回の依頼主は向こうの連中じゃない。私だ。現地関係者のSOSに応える形ではあるがね」

「トラブルにならないのなら、構いませんが……」

肩をすくめての回答に、アマデウスはニヤニヤ笑った。

「ハルは鋭いねえ。そう、下手をすれば揉めることになる。イギリスのバイソンはまだいいが、ドイツ女は度し難い……口論は避けたいね」

「……」

嫌な予感の的中に、部下は声もない。首を振って両足を投げ出し、椅子に沈み込む。

アマデウスの前でこんな態度をするのはハルトだけだ。許されるだけの働きをしている為に他ならないが、これほど雑な反応を示すのは、リスクが割に合わないと思っている時だ。

「何故、俺なんですか?」

天井を仰いで、ハルトは言った。

北米を仕切るTOP13であるミスター・アマデウスには、他にも部下は大勢居る。

今は廊下で静かに直立している秘書の大男さえ、昔は優秀な殺し屋だった。早い話が、北米支部にはオーダーに忠実且つ確実な仕事ができる人間しか居ない。

それなら、アフリカ大陸では目を引く日本人よりも、他のスタッフの方が好都合ではないだろうか。

何かと理路整然としたがる青年に、上司は顎を撫でて微笑んだ。

「何故って、君は私の部下の中でも、極めて”おりこうさん”じゃないか。先程言ったろう、下手をすれば揉める事案に、素行不良の者は連れて行けない」

「……ウィルやパットが居るじゃないですか」

「おお、確かに二人は君に並ぶグッド・ボーイだね。ウィルは今、ミネソタだ。パットはフロリダに居る」

ハルトは舌打ちして眉を寄せたが、反論は潰えた。

他に誰も浮かばなかったのは仕方がない。喫煙しない、綺麗に酒が飲める、女性にだらしなくない――以上が揃った男は、やや神経質なウィリアムと、女でひどい目に遭ったことがあるパトリックだけだ。この二人さえ、仕事の後やオフの日はそれなりに羽目を外す。休みの日に飲み歩いたり、女やギャンブルに興じることもない者は、ハルト以外では表に立っているジョンぐらいだ。ハルトに至っては若者のくせに、夜遊びには生来、興味が薄く、同世代が好むゲームやコミックスにさえ目もくれない。

軽いトレーニングこそすれ、スポーツをすることも、観ることもない。

”おりこうさん”どころか、聖職者よりも聖職者らしい生活態度である。

その一方で、必要があればどんな知識も頭に入れた。スポーツに例えるなら、ルールは無論、チーム、選手、監督、スポンサーは端から端まで覚え、スタジアムマップ、果ては出入り業者も叩き込む。何も無ければ適当に選んできた本を読み、溜まった洗濯物を洗い、銃器のメンテナンスをし、思い出したように筋トレやジョギングをする。アメリカでは国内の移動だけでも旅行クラスの出張になる為、アマデウスのオフィスがあるニューヨークとシアトルのそれぞれに借りた部屋は、寝に帰る感覚のものだった。……とはいえ、ハルトはそれなりに料理もしたし、掃除をし、買物や散歩に出て隣近所と顔を合わせれば、ごく自然な挨拶をした。恐らく、当時の隣人達は、一人静かに暮らしていた若い日本人を、真面目で折り目正しく、出張が多いビジネスマンだと今でも思っているだろう。

アマデウスが今連れて行きたいのは、そういう男ということだ。

「ジョンを呼んで、他のスタッフとの比較でも聞くかね?」

十分に天を仰いでから、面倒臭そうに首を振った後の、六月の頭。

日本人の大半が梅雨にうんざりする頃、ハルトの頭上にはぎらぎらと光を撒き散らす巨大な太陽が在った。

北アフリカに位置する国、リビア。

既に連日三十度をマークしているこの国は、国土面積の殆どをサハラ砂漠が占めていた。地中海に面した一部は温暖な気候だが、大部分は北に向かってギブリと呼ばれる熱風が吹き荒れる砂漠気候で、年間降水量は首都ですら微々たる乾燥地帯だった。

首都トリポリは地中海に面し、砂漠に比べればマシなのだろうが、暑いことは言うまでもない。少し出歩くだけでも、肌や目が瞬く間に干上がるようだ。ざらつく砂とひりつく日差しが襲う場所で、スーツにワイシャツ、ズボンと革靴を履くのを指示されたハルトは、平素の態度に輪をかけて嫌そうな顔をした。

どうせ若く見られるのだから、リネンのシャツにでも袖を通して少年面していたい――そんな抗議を表情に留めて、しぶしぶ承諾した。

何と言っても、今回はアマデウスが同行するほどの案件――”おりこうさん”で居なければ、何が起きるかわからない。

トリポリは、どこか白茶けた街並みだった。同じような白や茶の四角い建物がところ狭しと立ち並び、日の色に応じて橙を帯びたり、灰にくすんだりする。緑は少ないが、建物の隙間から思い出したようにヤシが顔を覗かせ、比較的、綺麗に整えられたモスクや、洒落た建物が多い旧市街が見えた。一方で、舗装のない道路もあり、瓦礫か家かわからないような建物もあった。一面に弾痕と思われる穴がぶつぶつと穿たれた壁の近くを、戦車のキャタピラが、ギャラギャラと臓腑まで掻き毟る音を喚きながら走る。

もう長いこと、この首都は戦闘の地獄に浸されていた。

殺し屋は大勢居なくても、人を殺した経験者はごまんと居そうな場所。

……同時に、ごまんと死んでいそうな場所。

目的の石油会社は、首都から少し離れた場所にあった。

乗車する車がピックアップトラックだと知った時のハルトのげんなり顔を、アマデウスは今でも思い出すと吹き出す。濃い灰色をした厳ついボディのTOYOTA・タコマは紛争地域で御馴染みの車で、その広々とした荷台に機関銃やらロケット砲を備えたり、マシンガンだのアサルトライフルだのをぶら下げた男共が満員電車さながらに乗り合わせているような車だ。とはいえ、これから乗るのは威圧的なフロントから始まる頑強で分厚い印象のボディだが、よく見掛ける物騒な車のように埃や泥まみれではなく、身綺麗であり、背負っている荷はスペアのタイヤくらいのものだった。

タコマはボディに似合わず、これ以上無いほどの正確さで『ETONエトン』社のゲート前にスムーズに停車した。

このとき、入口に直立していた代表取締役であるダニエルは、すぐに開いた四ドアの後方から、すとんと降りたアジア人――少年にしか見えない男に目を丸くした。

お仕着せといった風の黒スーツを着た少年が無駄のない動きで前のドアを開くと、助手席からきらきらしい白スーツの白人・アマデウスが降りた。すらりとした高身長の彼に続いて降りた運転手は更に巨体の大男だった為、何やら三者三様の面白い組み合わせに見えたが、ダニエルは既に身を直角に折っていた。

「ようこそ、ミスター・アマデウス」

御足労頂きありがとうございます、と、ダニエルは深々と頭を下げた。一方、金髪碧眼の白人は、旧友を訪ねたような笑顔で片手を掲げた。

「やあ、ダニー! 直接会うのは久しいね」

部下の心境と裏腹に和やかな声を発した男は、人懐こい容貌をくしゃりと歪めた。

砂ぼこりの舞う中でも、仕立ての良いスーツをさらりと着こなし、洒落たブルーのプリーツタイがよく似合う。いつもそうなのだが、彼は目立つことを全く恐れない。

BGMを抜きにしても狙われるリスクが有るのに、明らかに有力者だと見られる格好をし、付き従うのは軽装の一人か二人。狙撃でもされたらどうするのだろうと思うのだが、不思議とこの男は襲撃らしい襲撃を受けたことが無かった。

「御無沙汰して申し訳ありません。本来ならば私から出向くところを――」

「おやおや、ダニーはしばらく見ない内に堅苦しい男になったようだ」

面白そうに口上を遮り、アマデウスはいいからいいからと片手を振った。その少し後方から、アンバランスな少年と大男は一言も口を開かずに付いてくる。大男は何度か会ったことがあるが、少年は初めて見た。普通のティーンエイジャーのようにキョロキョロすることなどなかったが、どちらかといえば欠伸でもしそうな顔で前を見ている。奇妙な一行を前に、ダニエルはこれ以上無いほど背筋を伸ばし、上司を砂ぼこりから避けるように施設へと促した。静かな廊下を渡りながら、上司は物見遊山にでも来たように無機質な廊下を眺めながら口を開いた。

「採掘は順調かい?」

「はい。滞りなく、全て上手くいっております」

「それは素晴らしい。奥さんは元気かね? お嬢さんはいま何歳だったかな?」

「おかげさまで元気にしています。娘は十六になりました」

「ほう! もう立派なレディだ。後で好みを教えてくれたまえ。進学祝いに何か贈ろう」

「とんでもない。動物ばかり追いかけているような娘です。お気遣いだけで喜びましょう」

一行を応接間に伴うと、ダニエルは自ら椅子を引いて席を勧めた。日頃、VIPの来訪などない場所だが、揃えられた家具は決して安物ではない。ダニエルが付き従う二人にも席を勧めると、大男は丁重に断って主人の後ろにどっしりと立ち、少年はどちらでも良さそうな顔をしていたが、「ハルは座りなさい」と主人に言われて、その隣の椅子に静かに着席した。ローテーブルを挟んで向かいに掛けたダニエルが改めて挨拶しようとするのを、アマデウスはにこやかにかぶりを振った。

「そう構えることはないよ、ダニー。この二人は、君が私に罵詈雑言並べても怒ることはないからね」

その言葉に、大男は素知らぬふりで咳払いをし、ハルと呼ばれた少年がちらと笑む。若くも不敵な素振りに、ダニエルは内心首を捻った。てっきり秘書見習いかと思ったが、どうも違うようだ。

「ミスター・アマデウス……そちらは?」

「ああ、紹介しよう。ノノ・ハルトだ。うちの大型ルーキーだよ」

「大型ルーキー? ……では、まさか今回の仕事をするのは――……」

「そうとも。彼がやる」

軽く手で示された少年は、会釈とも同意ともつかない仕草で肩を揺すった。

ダニエルは内心、狼狽した。

――ジョークか?

アジア人だからか、まだ十代半ばかそこらにしか見えない少年は、とりわけ、特別な印象はなかった。やたら眼光が鋭いとか、筋骨逞しいならばまだしも、体型は平均的な痩せ形だし、視線も顔つきも至って普通。友人とファーストフード店で面白おかしく喋っている方が余程似合う。

「……ず、随分、お若いのですね」

思わず言うと、アマデウスはにやにや笑って首を振った。

「私の人選に意見するとは、偉くなったねえ、ダニー。よほど稼ぎが順調と見える」

「い、いえ――とんでもない。ミスター・アマデウス」

ダニエルは呻くように答えると、額に垂れた汗を拭った。にこやかな上司の裏側が見えないほど間抜けではない。即座に居ずまいを正し、几帳面に首を振った。少年は、侮られたことに気を悪くした風もなく、親戚の集まりに連れられてそろそろ飽きてきたような表情だ。

――こんな子供に、できるのか?

軍事政府と米政府が躍起になって首を落としたがっている男を? テレビかスマートフォンでも眺めながらママのパイでも齧っていそうな子供が!

ともすれば爆発しそうなセリフを飲み込み、ダニエルは燻る息をどうにか吐き出してから喋った。

「御自らの御推薦を……疑う余地はありません。ですが……その……情勢は些か面倒なことになっておりますから……」

「わかっているとも。心配なら、後でハルのデータを見せよう。ジョン、いいね?」

雲行きが怪しいと聞いても、世界屈指の悪党に慌てた様子は微塵もない。傍らの大男が静かに頷くのを見届けると、ダニエルは遠慮がちにファイルを差し出した。アマデウスは朝刊に目を通すように眺め、しばしの間を置いた後、隣の少年にさっとファイルを渡し、自分はダニエルに向き直った。

「良くないね、ダニー。占領の見込みも無しに市街戦とは。連中の目的は救済にかこつけた虐殺か?」

「は、いえ……わかりません……、仰有る通り、二週間前の戦闘は反政府勢力と政府軍が正面衝突しまして……市街地を巻き込み、死者は戦闘員を含めて百を超えます。確認できていない民間人を含めますと、数字がどこまで上るか――……我々も想定外の激しい戦闘でした」

伏し目がちに語る姿は、一見、犠牲者を悼むように見えたが、その本質は別にあり、この場に居合わせた誰もがそれを熟知していた。

全ては、金儲けが順調であるか否か。

紛争で儲けるのは死の商人ぐらいのもので、多くのビジネスにとっては大損失か、ほんの数パーセントに満たないビッグチャンスという表裏一体の魔物だ。牙を剥くけだものに何もかもぶち壊されて大損するのか、美味い餌で釣り上げて巧みに操るのかは商人の裁量次第である。石油資源という湧き上がるマネーを確保しているダニエルは、今のところはうまくやっていた。反政府だろうと現政府だろうと、誰が国を牛耳るにしても資産は要る。いつも数年を持たずに血を噴き出す政治は何をするにも金が要って仕方ない。そこには良政も悪政も大義も信仰も関係無しに、国の維持には金、国の発展には金、国の安泰には金なのだ。金に支配された国家は、誰が立とうと頭のイカれた利己主義者ばかりで、利益でしか物事を考えられぬリーダー達はこの上ないカモだった。動機は何でもよい。悪政を変えたいという革命思想にも金は要る。テロリストを排除する政策にも金は要る。持てる資産家はどちらにも金を提供し、双頭が噛み合うのを、それこそ世の歯車が噛み合うのと同じに眺め、必要に応じて差し引きを繰り返して稼ぐ。単に稼ぐ場所が、内乱なのかマーケットなのかという違いだ。

ただ、一流の悪党とは、人間をないがしろにするだけではなかった。

ちょうど今しがた、仕事のついでと称して献花と寄付をしてきた一行である。アマデウスに至っては、怪我人が運び込まれた病院に、音楽会社ジングシュピール社CEOの顔で目玉が飛び出る金額をぽんと出した。

政府に渡さないのか、と驚愕の眼差しで問う医師やスタッフに対し、

「政府とやらが、怪我人を治療できるなら渡すよ」などと言って、巧みに彼らの心と差し出された手を掴んだ。

片手は政府に武器を売り、片手は民衆にドル束を惜しみなく。

まったく、人心を心得た悪党とは狡賢くて笑顔が上手いクズ野郎だ。

「非戦闘員の割合はわかるかね?」

アマデウスの問い掛けに、ダニエルは一呼吸の間を置いて、嫌そうに告げた。

「80%を越えます」

フン、とアマデウスは鼻をならした。彼は大嫌いなドラッグの話をするような顔になると、片手の拳を口許にやって「バカ共め」と苦々しく呻いた。

「これだから無能な権力者と指導者は嫌になる。ハル、『人は城、人は石垣、人は堀……』と申した御仁は誰だったかね?」

「武田信玄じゃないですか」

そっぽを向きながらさらりと出た日本語にダニエルはピンと来なかったが、アマデウスは相好を崩して膝を叩いた。

「おお、そうだった。シンゲン! 素晴らしい。我々はかの偉人を大いに見習うべきだ。国も企業も家庭も、人を減らすことを考え始めたらジ・エンド――即座に滅びて然りだ」

自らの説法に納得するように頷いてから、アマデウスはダニエルに向き直った。

「ダニー、それで? 例の男は?」

「は、はい……この戦闘で、標的のサイードは行方不明になりました。反政府勢力は散り散りに逃げましたので……目下、手懸かりもない状態です」

「ふーむ、困った。声明もナシか」

アマデウスは顎を撫でて椅子にもたれた。やる気はあるのかねえ、と、武装組織に物騒な非難をする。

「雲隠れか、死人に口無しか……我々の介入に気付いての散会ならば褒めてやりたいが、それほど優れた連中には思えない」

天気の話でもするように呟くと、アマデウスは傍らでオフィスの掲示物や展示物――大型犬やオウム、キリンなどと嬉しそうにツーショットを決めている少女の写真を眺めていた少年に振り返った。

「ハル、どう思う?」

尋ねた言葉は母国語並に滑らかな日本語だった。ダニエルは面食らった顔をしたが、少年が面倒臭そうに答えた日本語の意味を知っていたら、椅子からずり落ちたに違いない。

「……なんでそんなこと聞くんです?」

部下にしては不遜な口調で少年は言った。上司も上司で、部下の横柄な態度は全く気にならないらしく、呑気に笑っている。

「私が尋ねたら、君は見解を答えなくてはならない。隣に座らせる為だけに連れてきたと思っていては困る」

少年はふっと一息吐き、気怠そうに眉根を寄せてから姿勢を正した。

「アクシデントだと思います」

「根拠は?」

「半分は勘です」

「君らしい。もう半分を聞こう」

「先に仕掛けたのが反政府勢力というのが間違いなければ、戦闘後に声明、或いは政府か民間人に何かしらのアピールをすると思います。彼らの目的は、自治権を奪うことと、自らの主張を通して利益を得ることでしょうから、単なる賊とは違う筈です」

「テロリストになった時点で、大義は失われているがね」

皮肉に笑うアマデウスが続きを促し、少年は無表情にすらすらと続けた。

「仕掛けたからには無策ではないと思いますが、軍と正面衝突しているのが引っ掛ります。それまでの彼らの主な攻撃が、テロや小規模な集落の制圧に対し、今回の戦闘は大胆過ぎる。その割に声明が無い――思いがけない支援に乗じたのか、誰かが扇動したのかはわかりませんが、戦闘以前に標的が死亡していることも考えられます。ただ、この手の組織がリーダーを失った場合は、徹底的に隠すか、戦死を讃えて報復を宣言するパターンが多い。いずれの場合も、彼らの組織は声明を出した方が目的に沿う。黙すということは、何かの理由で発信できない可能性が高い」

「よろしい。ハルの推察通りなら、標的は生存の可能性はあるが、表に出られない訳があるようだ。怪我か、病気か……まずは探し出す必要があるね」

「まさか、俺に草の根掻き分けろとか言いませんよね?」

「ハハ、その辺りはこちらで何とかしよう。君の役目は確実に仕留めること。ダニー、そういうわけだ。こちらに居る間、彼のフォローをよろしく頼むよ」

いまだ懐疑的な表情のダニエルが頷くと、アマデウスは少年に振り返った。

「しばらく滞在して様子を見なさい。アジア人は目立つが、こちらに暮らす“清掃員クリーナー”の親戚ということになっている。『ブロードウェイ』ほどの演技は要らないが、プロフィールは確認しておきたまえ。君は上手くやると確信している」

「……了解です、ミスター・アマデウス」

少年は、にこりともせずに答えた。

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