第二百十四話 男爵夫人様の会心の一撃

 バン!


「……ざけるな」

「えっ?」


 男爵様が急に立ち上がったかと思ったら、下を向いて何かブツブツと喋っているよ。

 こ、これはまずい展開かも。

 僕は念の為に、魔法障壁を張る準備をしました。


「ふざけるな! たかが平民のガキのクセして、貴族当主たる儂に歯向かうな!」


 うわ!

 男爵様は目をかっと開いて、ツバを飛ばしながら僕に怒鳴りつけてきたよ。

 これは本当にまずいと思って、シロちゃんを抱きかかえながら僕の前に魔法障壁を張りました。


「このチビが! 思い知らせてやる!」


 男爵様は右の拳を振りかざしてきたので、僕は魔法障壁を展開したまま思わず目を閉じちゃいました。


 バチコーン!


「えっ?」


 そして、物凄い大きな音が聞こえてビクッてなっちゃったけど、魔法障壁には全く衝撃がなかったので僕とシロちゃんは恐る恐る目を開けました。


「ぶほっ……」

「あなた、いい加減にして下さい!」


 目を開けた先には、鼻から血を垂らして崩れ落ちている男爵様と、立ち上がって怒り心頭の男爵夫人様がいました。

 男爵夫人様が拳を振り抜いていたので、あの大きな音は男爵夫人様が男爵様の顔面を殴り飛ばした音みたいです。


「大した統治も出来ないのに、何が貴族当主ですか! レオ君には大物貴族が付いているから、無理を言うのは止めてくださいと言いましたよね?」

「いや、その……」

「いきなり喧嘩腰に話を始めて、断られたら小さい子を殴ろうとする。あなたは、貴族以前に人として最低ですよ!」

「その……」


 うわあ、美人が怒るのって本当に怖いよ。

 男爵様は男爵夫人様のあまりの迫力にビビっているけど、僕もシロちゃんを抱きながらブルブルと震えています。


「フランソワーズ公爵家とマリアージュ侯爵家が本気を出したら、我が家なんか簡単に潰されます。それを分かっているのですか?」

「うっ、うう……」

「あなたは、既に執行猶予の身なのを忘れていたみたいですね。連れて行って下さい」

「はっ」

「ちょっと、謝る、うわあー!」


 目の前で繰り広げられている一方的な夫婦喧嘩に、僕とシロちゃんはポカーンとしちゃいました。

 そして男爵様は、執事さんと部屋に入ってきた沢山の人によって応接室の外に連れ出されました。

 あまりの展開に、頭の処理が追いついていないよ。


「さて、レオ君」

「ひ、ひゃい!」

「この度は、男爵がとんでもない事をして大変申し訳ありません。深く謝罪いたしますわ」


 男爵夫人様に急に名前を呼ばれちゃったので思わず声が裏返っちゃったけど、男爵夫人様が頭を下げて謝罪してくれたので、段々と落ち着きを取り戻しました。


 ぐー。


「あっ!」


 ホッとしちゃったのもあるのか朝食を食べていないのもあるのか、思わずお腹がなっちゃいました。

 恥ずかしくなって顔が真っ赤になった僕に、男爵夫人様が話しかけてきました。


「レオ君、もしかして朝食を食べていないの?」

「あっ、はい。急ぎと聞いたので……」

「レオ君はまだ体が小さいのだから、しっかりと食事を食べないと。食堂で話をしないとね」


 という事で、話の続きは食堂でする事になりました。

 でも、その前にやる事があります。

 僕は男爵夫人様の手を包み込む様に、魔力を込めました。


 キラーン。


「殴った手が赤く腫れていましたよ。無理は駄目です」

「ふふ、これは私への戒めだと思っていたのですが一本取られましたわ」


 何となくお互いの雰囲気も明るくなり、僕もちょっと安心しました。


「改めて。レオ君、夫が大変申し訳無い事をしたわ。深く謝罪いたします」

「謝罪は受け取ります。どうか顔を上げて下さい」

「ありがとう」


 とっても美味しいパンケーキをシロちゃんの分も出してくれた後、改めて男爵夫人様から謝罪を受けました。


「レオ君、悪いけど夫の出身である子爵領に経緯を話さないとならいの。レオ君の次の目的地でもあるから、一緒に行きましょう」

「えっ、良いのですか?」

「良いも何も、こちらが全面的に悪い事だわ。賠償も含めて、色々と話をする事になるわ」


 何だか話が大きくなって来ちゃったけど、ここはキッチリと話をつけた方が良さそうだね。

 僕は冒険者服に着替えて、男爵夫人様と一緒にお隣の子爵領に向かう事になりました。


「お母様、お出かけですか?」

「ええ、お隣のお祖父様の所に行ってくるわ。帰りは、明日になるわ」

「お母様、気をつけて行ってきて下さい」


 玄関では、男爵夫人様の息子さんが挨拶をしてきました。

 年齢は十歳くらいだと思うけど、金髪でハキハキしていてとっても頭が良さそうだよ。

 言い方が悪いけど、間違いなく男爵様ではなくて男爵夫人様に似ているね。


「そして、この子があの有名な黒髪の魔術師のレオ君よ」

「初めまして、レオです」

「うわあ、本当に黒髪の小さな男の子なんだね!」


 男の子は僕の二つ名を聞くと、興奮したように握手をしてくれました。

 シロちゃんとも握手をしてくれたので、やっぱり男の子は良い人ですね。

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