第33話

「アイヴィー、何してんの?」

 気持ちよく木陰で寝転がっていると聞き覚えのある声が頭上から降り注ぐ。


「セルロトこそ」

 私の顔を見下ろしていたのはセルロトだった。

 知り合いに会わないように、って来たつもりだったのに結局顔を合わせることとなるとは何の因果だろうか。

 まぁ所詮、王都の外れってだけで遠くまで来た訳ではないし、セルロトに至ってはこの場所を教えてくれた張本人である。

 たまたまこの場所に足を運んだとしてもおかしくはない。


「なんか嫌なことあった? 特別にお姉さんが聞いてあげるわ」


 例えば嫌なことがあったとか。

 一人になりたくて来たのなら用事の済ませた私はさっさとお暇すべきだろう。

 けれど妙にすっきりとした私は、彼に何かお返しをしたかったのだ。

 年なんて2つしか変わらない癖に『お姉さん』なんて言ってみたのは、必要がないのだったら笑い飛ばして欲しかったから。けれど同時に頼って欲しかった。


 けれどそんな私の心配を、セルロトは鼻で笑って吹き飛ばしてしまう。


「眼を真っ赤にした人に相談する事なんてないよ。それにここに来たのは素材集めのため。暇なら手伝って」

「……私の扱い、雑じゃない?」

「慰めて欲しいの?」

「いや、全然」


 顔の前で左右にパタパタと手を振れば、セルロトは深くため息を吐いた。


「そういうの、アイヴィーの悪い癖だよな……。まぁいいや。どうせ暇でしょ? ほら籠持って。集めるのはこれと同じ薬草ね」

「了解」

 セルロトから小さな籠を受け取り、目の前に見せられた薬草を探し始める。強引に薬草探しを手伝わせる彼だが、何もこれが初めてのことではない。扱いに困った時、彼は決まって籠を押しつけるのだ。おそらくこれがセルロトなりのストレス解消なのだろう。


 きっとここに来たのも何かあったから。

 ただ単に研究に息詰まったとかかもしれないけれど。

 湖から少し離れて、草むらをかき分けながら薬草を探す。

 傷薬に使う薬草で、これならすぐに見つかるだろう。


「日が暮れる前に終わらせるんだからね!」

 意地悪な姑のような言葉を投げかけるセルロト。

 視線を向ければ、彼の周りからは一定間隔を空けて薬草が抜かれていた。


 さすがセルロト。

 熟練度が私とまるで違う。


「早く終わったらアイス、奢ってよね」

「……まぁそれくらいなら」

「ダブルで!」

「シングル!」


 ダブルシングル論争を繰り返しながら、私達は薬草採取に励む。

 いつしか私の籠とセルロトの籠、どちらが先にいっぱいになるかを競い始める。とはいえ、セルロトの籠は私のものよりもずっと大きい訳だが、これも必要なハンデである。




 ――そして勝ったのは私だ。

 正確にはこの湖付近にはセルロトの籠がいっぱいになるほどの薬草は生えていなかったのだ。


「私の勝ちね!」

 籠の満たされた割合が多いのは明らかで、ふふんと自慢気に胸を張る。

 そんな私をじとっと見つめたセルロトだったが、はぁとため息を吐いて負けを認めた。


「いいよ、分かった。僕の負けだ。けど露店のだからね!」

「やった!」

「だからちょっと待ってて」

 セルロトは籠を背負ったまま別の場所へ移動すると、辺りの草花をかき分ける。そしてその中からいくつか採取をしていく。


「何しているの?」

「香油の材料の採取。この辺りに自生してる植物って結構香りがいいんだよ」

「そうなの? 環境がいいのかしら?」

「うん。水がいい。だからアイヴィーにあげたあのアイビーの香油もここで採取したアイビーを使ったんだ」


 自生しているアイビー。

 つまりは野生のアイビー。

 なんだか強そうね!


「ほら、あそこに白い花がついてるでしょう?」

 セルロトが指を指すそこに茂っていたのはまさにアイビーである。アイビーって結構ツタや葉っぱのイメージが強いけれど、咲かせる花は可愛らしいものなのだ。

 強そうね! なんて思ったおまえが何を言うかと思われるかもだけど。

 だが強さと可愛らしさを兼ね備えたアイビー……か。


 これで花冠でも作ろうかしら?

 どうせもらえる見込みはないのだ。

 ならいっそ自分で作ってしまうのはどうだろう?


 大切な自分に、自分から贈る花冠。

 子どもの頃に憧れたそれとは違う物になってしまっているけれど、案外悪くないんじゃない?


「このくらいでいいかな、っと。アイヴィー、行こう」

「うん!」

 採取を終わらせたセルロトは籠を背負い、湖に背を向ける。

 私もアイスを奢ってもらうべく、彼の後に続くのだった。




「ストロベリーとバニラで」

「はいよ!」


 約束通り、王都の露店でアイスクリームを奢ってもらう。

 もちろんダブルだ。

 ピンクとクリーム色のドーム型のアイスはコーンの上でその存在を主張している。自己主張が強すぎてコーンの方が負けそうだが、そこは私の腕の見せ場である。


 木のスプーンで側面を削るようにして進めば垂れずにすむのだ!

 欠点として、どうしても上と下のアイスの味が混ざり合ってしまう。

 けれどそれも計算済みである。


 ストロベリーとバニラの二つが合わない訳がない!

 そう確信して口の中に運び込むと、舌の上で溶けるアイスはまさしく私の見立て通りだった。いや、それ以上か。


「美味しい」

 溶ける前に食べきってみせるとスコップのスピードを早めれば、シングルでバニラを選択したセルロトは自慢げに笑った。


「ここ僕とフランカのオススメの店なんだ。仕事が終わった後に買っていく人多くて、今は穴場の時間帯」

「そうなのね」

 正直、あまり期待はしていなかったのだ。

 なにせいくつか並ぶ露店の中でもセルロトが選んだのは端っこの、あまり繁盛していなさそうな店。

 ダブルにした分、美味しさは二の次に……なんて思っていたのだ。

 けれどアイスはもちろんのこと、ワッフルコーンはさっくりとしており、これはこれで単品でも食べれるほどである。


「これは通いそうね」

 そう告げるとセルロトは嬉しそうに笑いながら、私のストロベリーアイスに未使用のスプーンを突き立てる。


「あ! 私のアイス!」

「少しくらいいいじゃん。やっぱりストロベリーも美味いね」


 もうっ頬を膨らませるが、セルロトは気にした様子もない。

 まぁセルロトの奢りだし、あんまり気にしても仕方ないか。

 私は再び自分のコーンに視線を戻そうとして――前方に見知った人を見つけた。


「あ!」

 ディートリッヒ様だ。

 買い物帰りなのだろう、腕には多くの荷物を抱えている。

 一瞬視線を感じたような気がしたのだが、ディートリッヒ様はその場から遠ざかるようにスタスタと歩き始めてしまう。

 私も休日とはいえ、お手伝いしたい訳だが、手にはまだまだたくさん残っているアイスがある。

 それに一人のディートリッヒ様は一緒に出かける時よりもずっと早足で、追いかけようかと迷っているうちに後ろ姿さえも見えなくなってしまった。


「どうかした?」

「今、ディートリッヒ様がいらっしゃったのだけど、声をかける前にいなくなっちゃったわ」

「ディートリッヒ様ねぇ……。もしかしてアイヴィーってディートリッヒ様のことが……」

 探るような視線を向けるセルロトに「誤解しないで」とバッサリと切り捨てる。


「そういうのじゃなくて。私ね、今、アッシュ家で、ディートリッヒ様の元で働かせてもらってるのよ」

「は? 冗談でしょう?」

「冗談じゃないわよ。王子の紹介ではあるけれど、ちゃんと実力を認められて雇われたんだから!」

「あ、うん。そっか……。でも、あの様子だと多分まだ……」

「? どうかした?」

 ブツブツと呟やかれるセルロトの言葉を必死でくみ取ろうとするものの、あまりに小さすぎて後半は聞き取れなかった。


「拗らせてるなぁ~と思ってさ」

「え、そう?」

「うん。確実に」

「え~」


 拗らせてるのは恋だけのつもりだったのだが、私にはまだまだ拗らせポイントがあるらしい。


 どこだろう?

 転職先まで王子のお世話になっているところとか?

 でもそれって拗らせているっていうか、情けないポイントの方がしっくりくるよなぁ。

 その後、具体的にどの辺りが? と尋ねたが、セルロトは言葉を濁すばかりで教えてはくれなかった。


「僕はフランカに会えて良かった」

 代わりにそう呟く彼は心底幸せそうで。

 結局なんだったのかは分からないまま、セルロトと別れるのだった。

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