第34話

 セルロトとアイスを食べた日を境に、ディートリッヒ様からどこか距離を置かれるように感じることが増えた。

 避けられているとか、嫌な顔をされるとかではない。

 ただ、今までよりも距離が開いているなと思う程度。


 私の勘違いなのだろうか。

 忙しくなったのか、ここ一ヶ月ほどディートリッヒ様から外出に誘われていない。

 一時期は週に一度や二度、外で食事をしたというのに。

 もしかして行きたい店は軒並みコンプリートしたのだろうか。

 それとも他に一緒に行く人ができたのか。


 メイドなんかよりも気の知れた相手と一緒に食べた方が美味しいだろうし。


 だが確実に境目はあの日なのだ。

 私達から遠ざかっていったあの日。


 何かあったのだろうか?

 増えた空き時間で王子へのプレゼントを編みながら首を捻る。

 けれど答えが出ないまま、シンドラー王子の誕生日を迎えることとなった。



 城へ向かう馬車の中は当然のように静寂が占めている。

 そこまではいい。

 けれど私が正面に腰を下ろしたのを確認すると、城に着くまで一度もこちらに視線を向けてくれないのは初めてだ。


 もしかして私、何かしちゃった?

 20歳過ぎてたかだかアイス一つで騒いでいたことが見苦しかったのかもしれない。



 反省しながら膝の上の籠に視線を落とす。

 中には作成メモに見本、セルロトの店のマリーゴールドの香油。それにアッケンド教会で買ったマリーゴールドのキャンドルだ。さすがにこの状況でプリンを持ち込む勇気は出なかった。これ以上、微妙な空気にはなりたくなかったのだ。


 シンドラー王子が喜んでくれれば、少しはディートリッヒ様も見直してくれるかしら?


 王子の誕生日プレゼントにそんな思惑を孕ませることに申し訳なさを感じながら、馬車で揺られた。



「アイヴィー、久しぶりだな!」

 久々に会う王子は沢山のプレゼントに囲まれながら私を出迎えてくれた。もちろん隣にはマリー様。作成メモと見本は紙袋に入れてきて正解だったわ。苦労が無駄にならなかったことに籠の取ってを強く握る。やっぱりサプライズは重要なのだ。


「シンドラー王子、お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

 嬉しそうに笑うシンドラー王子だがまさに童話の中の王子様さながらの笑みである。けれどディートリッヒ様を部屋から押し出すその光景には不思議と高貴な雰囲気を感じない。そしてそれは手伝っているマリー様も同じこと。


 ――というかお二人は何しているのだろう?

『心配しなくていいから、早く仕事に行け』と遠回しに伝えることはあっても、今までこんなに強引な手段は取ったことがなかった。


 どんな心境の変化だろう。

 婚約者の連携プレーにより、ディートリッヒ様は部屋から追い出された。



 本当に、私が知らないところで何があったの!?

 ディートリッヒ様が変わってしまったことにも関係があるのだろうか。

 ドアに背中を預ける二人に声をかければ「ちょっと待ってて!」と力強い言葉が返されるのだった。




 意味も分からぬまま待ち続けること数十分。

 結構長い待機時間は5回連続して刻まれた軽いノック音によって終わりを告げた。


「さて、お茶にしようか」

 なんてことなかったように放たれたシンドラー王子の言葉に驚きつつも、お茶会がスタートした。



 約2ヶ月ぶりのお茶会の議題はディートリッヒ様のことだった。

 なんでも最近、元気がないらしい。


「さっきだってディートリッヒ様が本気を出せば追い出すことなんて出来る訳がないのよ」

 紅茶を啜りながら寂しそうに呟くマリー様。

 心から心配している彼女には悪いが、何も自分に対する態度だけが変わったのではないことに、少しだけほっとした。


 けれどその後に続くシンドラー王子の言葉に頭を悩ませる。


「それで、アイヴィー。一体なにしたんだ?」

 シンドラー王子の中でディートリッヒ様の変化に私が関わっていることは確実らしい。そして彼の隣で熱い視線をこちらに送ってくるマリー様も同じ意見なのだろう。

 私ってそんなトラブルメーカーなイメージなのかしら?

 だが心当たりが全くない訳ではない。


「これが理由かは分かりませんが……」

「とりあえず話して頂戴」

「アイス片手に騒いでいたところを目撃されています」

「へ? アイス?」

「それはアイヴィー一人でのことかしら?」


 目を丸くするシンドラー王子と、対照的に真面目な顔の前に両手を組むマリー様――二人には明確なまでの温度さがあった。


 ここはとりあえずマリー様の質問に答えるべきだろう。


「いえ、私だけではなく、友人も一緒でした」

「それは……男性?」

「はい。そうですけど……」


 性別の情報って今、大事?

 疑問に思いながらもそう答えると、何故か王子までもが全てを察したように、あ~と声を漏らす。見事に合わさったその声。


 一体なんだと言うんだ!


「な、なんですか?」

「嫉妬よ! ディートリッヒ様はアイヴィーと一緒にいた男性に嫉妬したの!」

 答えをせがむ私にマリー様から返された答えはどこか的を外したものだった。

 だってあのディートリッヒ様がアイスを食べられなかったくらいで引きずる訳がないじゃないか。

 そう思うのに、シンドラー王子はマリー様に同調するようにうんうんと何度も首を縦に振る。


 もしかして私が知らないだけでディートリッヒ様ってアイス好きなのかしら?

 そんな素振りはなかったけど?

 それにアイスが好きなら遠ざかるのではなく、露店で買えばいいだけの話である。あの時の店はガラッガラで、当然余計な人目にさらされることもない。その日が嫌なら、その場にいた私に後日尋ねるなり、いつものように引き連れていけばいいだけである。

 やはりどう考えたところで、ここまで引きずる内容ではない。


「好きな女性が他の男性とデートしていたらそれは心配にもなるわよね!」

 けれどどうやら私は見当違いな心配をしていたらしい。

 両手を頬にぺたりとくっつけて夢心地に呟くマリー様の言葉に、なるほどと納得した。

 思えば彼女はまだディートリッヒ様は私のことを思っていると思い続けているのだ。だからこそ乙女チックな想像をしてはきゃっと可愛らしい声をあげることが出来るのだ。そんなマリー様にそれはもう終わったことですよ。ディートリッヒ様も私も、もう何とも思っていないんですよ。なんて告げることは憚られた。


「アイヴィーは言いづらいだろうから、私からそれとなく伝えておくわ!」

 だから任せて! と気合い十分な様子のマリー様にやる気のない声を返すことしか出来なかった。

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