第28話

 最近珍しくなくなってきた休日。

 暗めのワンピースを頭から被り、王都へと繰り出す。

 まっすぐ中央通りを歩いて向かうのはあの天使様の元だ。


 シンドラー王子にプリンを、という願いはまだ叶っていないが、何だかもう一度あの空間へと足を踏み入れたくなったのだ。


 シンドラー王子のお誕生日プレゼント選びで苦境に立たされなかったのも、もしかしたら天使様の加護あってのことかもしれないし。


 今後ともよろしくお願いします、という意味を込めて。

 朝早くに出てきたつもりだったが前回の倍以上のカップル達がずらりと並んでいた。けれど今回はちらほらと散らばったおひとり様が両手をガッシリと組んでいる。入った瞬間にその本気が伝わるほど。


 やはりこの教会、御利益があるらしい。

 私もそこから少し離れた位置、けれど天使様が見えるところからお礼を捧げる。


 願いを捧げる以外にも何か還元する方法があればいいのだが……。

 周りを見回せば、ドアの陰に隠れたところに入れ物を抱えた子ども達が立っていた。

 前回は居なかったはずだ。

 教会の子ども達だろうか?

 背の低い子どもばかりで、立つ場所も悪いせいか周りからは全く相手にされていない。そんな彼らの前に立ち、入れ物の中をのぞき込む。


「キャンドル?」

「はい! お姉さん、お一ついかがですか?」


 そこに並べられていたのはキャンドルだった。

 おそらくは曇りの日や雨の日に、この教会の光源となる物だろう。

 傷をつけた場所に上手く色を入れ込んだそれらが並んだ教会はまた別の美しさを醸し出すのだろう。タイミングさえあれば是非その時にも足を運んでみたいものだ。売り物らしいキャンドルは手作りだからか、一つ一つ形や色が違う。


 その中で私に馴染みの深い物が掘られた三つ手に取った。


「これもらえるかしら?」

「え、こんなに!? いいの、お姉さん」

「ええ。あ、でも私一人でこんなにもらったら悪いかしら?」

「ううん! ありがとう!」


 やった! と小さくこぼす少年に言われた額よりも少し多めに手渡す。


「おつりは……」

「いいわ」

「でも……」

「これね、私と私の大切な人の思い入れがある花なの。だから譲ってくれたお礼」

「……ありがとうございます」

「こちらこそありがとう」


 深くお辞儀をして見送ってくれるキャンドル売りの子に手を振って、教会を後にする。

 そしてセルロトの店を向かう道で思わず手に入れた物に頬が緩んでしまう。


 私が手に入れたのは、薔薇、マリーゴールド、そしてアイビーのキャンドルである。

 そう、メジャーな薔薇とマリーゴールドだけでなく、アイビーまで用意されていたのだ!

 教会に何か還元したいという気持ちもあったが、バリエーションにアイビーを加えてくれたことが嬉しかったのだ。


 早速お姉様に贈りましょ!

 自分の分も今度足を運んだ時にでも譲ってもらおうかしら。


 そしてマリーゴールドはもちろんシンドラー王子のお誕生日プレゼントに加えるつもりだ。

 きっと喜んでくれるはずだ。喜ぶ顔を想像しながら、私はそれとはまた別のプレゼントの購入へ向かう。


 前回二周もした甲斐あって、ある程度、どの物がどこに置いてあるかは記憶の中にしっかりと刻まれている。

 セルロトの店に入り、香りを堪能することなくスタスタとマリーゴールドの香油が置かれている場所に足を進める。

 だがそこに置かれていたのは香油の詰まった小瓶、ではなく『SOLD OUT』の札だった。

 いい香りだものね……。

 無機質なその文字に肩を落とす。今は赤字で書かれた『近日入荷予定』に期待するしかなさそうだ。


「はぁ……」

 王子の誕生日はまだ先。

 間に合うとは思うけれど、それまでにまた売り切れになったりはしないだろうか。

 周りを見回せばやはり盛況で。

 友人の店が繁盛して嬉しいはずなのに、ついため息が漏れてしまう。



「ちょっとアイヴィー。人の店でため息なんて吐かないでくれる?」

「あ、ごめんなさい」

「それで何?」

「え?」

「ため息の理由。わざわざうちに来てから吐くくらいだからこの店関連でしょう?」

「あ、うん」

「なら解決してあげるから話して」

「実はね、マリーゴールドの香油が品切れで」

「ああ。うちの人気商品の一つだからね。急いで作ってはいるけど出す度に売れてるって感じかな」

「やっぱり……」

「落ち込まないでよ。何? 恋人の香りとかなの?」

「それは違うわ」


 なぜセルロトはすぐにそういう関係にくっつけようとするのだろう。

 城に居た頃はすぐに薬に関連づけようしていた彼だが、すっかり恋愛脳になったのだろうか。


「でもお姉様の分はこの前持って帰っただろう?」

 なるほど。

 私の行動のほとんどはお姉様関連だと思われているのか。

 間違いではないけれど、そんなに心底不思議そうな顔をされてしまうと、少しだけ自分が空っぽなんじゃないかって心配になってくる。


「……王子に贈りたいのよ」

 けれどそう告げれば、すぐにセルロトは「ああ」と納得したように手を打った。


「王子関連の方だったか!」

「そうだけど、その言い方って……」


 分かってくれて嬉しいけれど、セルロトの中の私には王子関連って項目があるのね……。


 そんなに王子王子言ってたかな?

 一時期、マリー様とくっつけよう大作戦の時は王子のことに構いきりだったけれど、それからはそんなことはないはずだ。


 …………お菓子とかお茶の話の方が多かったはず!

 何か反撃する言葉が欲しいのだが、私がお姉様と王子を大切に思っているのは事実だ。だから恋人の一人も出来なかった訳だが……。


 謎のBIG3なる人達の妨害がなくても私って枯れ道一直線だったのでは?


 まぁそんな過ぎたことを思っても仕方がない。


「なら確保しといてあげるよ」

「いいの!?」

「うん」

「でも他のお客さんに迷惑じゃないかしら?」

「友人特典だから気にしなくていいよ。1週間後には出来ているから、都合のいい日に取りに来て」

「ありがとう、セルロト」

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