第27話

 馬車を裏道に止め、シンドラー王子のお誕生日プレゼントを探し求めるために王都を闊歩する――ことを想像していたのだが、その予想はあっさりと裏切られた。



 ディートリッヒ様が一直線に向かったのは、裏道にひっそりと店を構える鍛冶屋だった。

 古びた看板がつり下がっている店に、思わず「え、ここ?」と口から文句が漏れそうになった。けれど気合いで口を閉じ、躊躇なく突き進むディートリッヒ様の後に続く。そして開かれたドアの先に広がる光景に「わぁ」と声を漏らす。


 そこに広がっていたのは並べられた武器や防具の数々。

 看板の扱いからは想像できないほどに、綺麗に並べられたそれらはしっかりと手入れが行き届いている。ピカピカと光る刃先がどれほどの実力を持っているのか、剣を握ったことのない私が正確に推し量ることは出来ない。


 けれどこれらを見て、先ほどと同じ感情を抱くことは出来ない。

 人は見かけによらないというが、店は看板によらないものだと胸に刻み、心の中でまだ見ぬ店主に謝罪する。

 私が多くの武器に驚かされる一方で、ディートリッヒ様はぐるりと店内を見回してからカウンターへと進む。


 するとドアが開く音か、人の足音かを聞きつけた店員はカーテン越しに「はい。ただいま~」と声を返す。そしてパタパタとやってきたのは60はゆうに過ぎているだろうご老人だった。


 職人という人は皆そうなのか、彼の背筋もまたボブ爺と同じようにしゃんと天井に向かって伸びている。顔に刻まれたしわさえなければ後15~16はサバを読んでもバレないだろう。

 男はお客がディートリッヒ様だと確認すると、頬を緩める。

 ディートリッヒ様は店主と思わしき男に「いいか?」と声をかけてから、彼を引き連れて店を回る。そして目当ての物の前で止まった。


「これ。後、あっちの壁にかけてあるものも頼む」

「いつもお買い上げありがとうございます、ディートリッヒ様」

「この店の品は信頼しているからな」

「ありがたいお言葉で……。例年通り、調整は後日ということでよろしいですかな?」

「ああ、頼む」

「では加工に入らせてもらいます」


 小さく頭を下げた店主にディートリッヒ様は会計を済ませてしまう。

 どうやらシンドラー王子の誕生日プレゼント選びは、店内に入ってからわずか10分と経たずに終了したらしい。

 お財布さえ持たせてもらえない私が来た意味ってあったのだろうか。

 馬車での会話で例年通り、稽古用品をプレゼントすることを決めたのであれば、お屋敷で済むことだったはずだ。


 それこそ昨日、聞いてもらえれば……。


 ディートリッヒ様の考えていることは分からない。

 けれどこれでお買い物が終わりだと思うと気持ちは軽くなる。

 このままお屋敷に戻れば、いつものようにお掃除をするだけの時間もあるだろうし。良かった、良かった。


「アイヴィー、行くぞ」

「はい」


 浮かれた私は軽い足取りで、私用じゃ絶対に来ないであろう店を後にする。

 そしてディートリッヒ様の後に続いて馬車へ向かう――と思いきや、目の前のご主人様は大通り方面へと歩き始めた。


 もしかしてまだ買い物があるのだろうか?

 そちらが私がお手伝いすべきことだったり?


 足の長さがまるで違うのに、全く苦にならない同行の末、たどり着いたのはお高そうなレストラン。


 どうやらディートリッヒ様はお腹が空いていたらしい。

 朝食を取ってから出るまでに時間はあったし、今日の朝食は軽めな物が多かった。皿洗いを手伝いながら聞けば「ディートリッヒ様の指示」とのことだったから、初めから食事をとるつもりだったのかもしれない。


 帰りがいつになるかが分からないからと、食べ過ぎじゃないか? との制止を振り切ってお腹いっぱい食べといて正解だった。ディートリッヒ様に続いて店に入り、そして案内された個室で彼の後ろに立つ。


「アイヴィー、座りなさい」

「いえ、私はここで」

「いいから」

 これが正しいメイドの立ち位置だ。

 けれど振り返ったディートリッヒ様は自身の前に空いた席を指す。


「では失礼いたします」

 あまり強く断るのも失礼に当たる。

 強ばる身体で腰を下ろすと、ディートリッヒ様は納得したように頷いた。


 後ろに立たれた状態での食事が出来ないと言う訳ではない。ディートリッヒ様は騎士であると同時に貴族だ。そんなのは慣れっこのはず。実際、お屋敷だって背後にベルモットさんを控えさせている。私が背後にいることに安心が出来ないというのなら、そもそも同伴以前に雇うことはないだろう。


 居心地の悪さを覚えながらも、無言の空間で机を眺める。


 そしてふと気づいた。

 自分の前にもカトラリーが置かれているのだ。

 もちろんメイドが主人と共に食事を共にすることはない。シンドラー王子とマリー様の二人は特例だ。けれど食器の用意された席に座りながら食事を取らないというのは店側に失礼である。だからこそ使用人一同は主人と席を共にすることはないのだ。


 やがて食事はきっちり二人分が運び込まれ、ディートリッヒ様だけでなく、私の前へと並べられる。

 これはどうすべきか。


 膝の上で手を重ねながら、それらを眺める。

 言い方は悪いが、どう処理をすべきか悩みかねているのだ。

 ディートリッヒ様の食は細くもないが、特別大食漢という訳でもない。

 だがここの店の料理が大層気に入っていて、二人前を平らげる可能性も否定は出来ない。

 つまり正しい選択は『待機』だ。待機には慣れている。夜会のホール担当になった時のことを思いだして、背筋をピンと張ったまま待機モードにはいる。

 けれど目の前の人はそんな私に首を傾げる。


「食べないのか?」


 それは遠回しに『食べろ』と指示を出されているのだろうか。

 それとも『食べない』というメイドなら確実に選択を間違えてはいけないその言葉を口に出せと?


 どっちか察しようにもやはり表情に動きはない。

 唯一の動きだった手と口も、私を見つめるというアクションを取るために一時停止をしていまっている。


 どうすべきなんだ!

 こんな選択が迫られること、メイド長でも教えてくれなかった。

 シンドラー王子とマリー様はいつだって退路を封じて、YES以外の選択肢をなくしてくれた。だから遠慮なく選べたのだ。


 ――よく考えれば今も似たような状況ではある。

 他の使用人達のいない場所で、返事を聞く前に食事を用意し、食べないのかと尋ねる。

 お茶会とは違い、目の前のお皿にオススメのお菓子が乗せられることはないが、食事は店員によって配膳されてくるのだから似たようなものだ。


 とにかくどちらかの選択を選ばない限り、ディートリッヒ様が動き出すことはなさそうだ。

 メイド達にお菓子の差し入れを行ってくれていた彼のことだ。

 こんな日くらい自分と同じご飯を食べさせてやってもいいと思ってくれたのかもしれない。


 いつもまかないで美味しいご飯食べさせてもらっているけどね!


「い、いただきます」

 ディートリッヒ様の好意と受け取ることにして、ぺこりと頭を下げる。

 フォークを手に取り、前菜へと伸ばす。それが私の口に運ばれていくのを見届けるとディートリッヒ様も食事を再開した。


 結局、これ正解だったの?

 その後も主人の思考が分からないまま、食事を続けた。

 味は美味しいが味わう余裕なんてなかった。



 ――最後のデザートが出されるまでは。



 デザートとして出されたのはプリン。

 そう、私の前に置かれたのはぷりんぷるんと震えるあの物体なのだ。

 食堂のものとは違い、すべすべでカラメルの入り込む隙の与えないボディ。頂から滑らかに流れ落ちる甘い液体の侵入を拒むそれは、お皿の上に君臨する女王の如く立派に鎮座していた。タマゴの黄身の色がそのまま反映されたのだろうそれに、よく冷えたスプーンを削くようにして入り込ませる。すると今まで侵入を拒んでいたのが嘘のように、何の抵抗もなくスプーンを迎え入れるのだ。


 まるでそれをずっと待っていたかのように。

 私の手に触れたことで少し熱を帯びたスプーンは掬い取ったプリンをぷるぷると震わせて私を魅了する。


 そんなデザート相手に、私の心が動かされない訳がない。

 すでにそれしか視界に入らない目でスプーンを追いながら、口の中へと誘っていく。

 すると口の中でふわっと溶けていく。黄身どころか、生みの親である鶏さえも強く主張してくるのだ。


 これは歴代プリンNO.1の座を争えるくらいの逸材かもしれない。

 お手軽さはないけれど、恋した乙女のようにうっとりとしてしまうのだ。


 スッと掬っては自分の元にたぐり寄せる。

 そんな行動を幾度と繰り返し――自らに向けられた視線にハッとする。


 いつからかは分からないが、ディートリッヒ様がこちらをじいっと見ていたのだ。しかも彼のデザートであるティラミスには傷一つついていない。そして当然のようにスプーンにはココアの粉さえついていない。


 つまり結構前から、暢気にプリンを味わう姿を見られていたのでは?

 気づいてしまったことで、私の冷や汗はセキを切ったようにドッと溢れ出す。


 だが残りはスプーンに乗せた一口のみ。

 時すでに遅しとそれを運びこみ、味わうことなく飲み込んだ。

 それを見届けたディートリッヒ様は自身の皿をついっと突き出した。


「私のも食べるといい」

「へ?」

「この店のデザートが気に入ったのだろう。物は違うが嫌いではなかったら、もらって欲しい」

「あ、ありがとうございます」


 餌付け感覚なのかしら?

 ありがたく頂戴して、今度はティラミスのスコップを開始する。

 舌触りのいいチーズと甘さ控えめのココアが、パズルのピースをはめるかのようにぴったりとマッチしている。間違いなく頬がとろけるほどの一品だ。

 けれど目の前から真っすぐと注がれる視線ばかり気にしてしまって、十分に味わうことは出来なかった。


「美味しいか?」

 そう問いかけるディートリッヒ様の視線は先ほどよりも柔らかくなったように感じるが、それはきっと気のせいだろう。


 何せ表情はピクともしていないのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る