第29話

 着々とシンドラー王子の誕生日が近づいていく。

 セルロトの教えてくれた一週間はすぎ、香油を引き取りにいった足で手芸屋さんを覗いた。

 見本用になる毛糸を探しにきたのだ。

 同じ物で黄色、オレンジ、緑、茶、白があるのは必須。その他にリボンとなりそうな色がある物を……と店の中を散策する。

 なるべく太くないのがいいのだけど、あるかしら?

 何店舗も周り、ようやく全ての色がある毛糸を見つけたのは3店舗を回った頃。意外と黄色が見つからなかった。マリー様と言ったら黄色いマリーゴールド。玉数を一番必要とする黄色がなければ何も始まらないのだ。


 無事材料も揃い、後はお屋敷に戻って作り始めるだけ。

 花の数は何本にしようかな。

 花束の包み紙に固定しちゃうから、一本取り出したのも作った方がいいかも?

 頑張って編んでいくシンドラー王子を想像して、弾む心で王都の道を歩いていた。

 王都の中心くらいに差し掛かった時、見知らぬ声が少し高い位置から振ってきた。


「お姉さん」

「はい?」

 顔をあげて確認しても、目の前に立つ二人の男性にはやはり見覚えはない。

 服装からして、貴族のお忍びって訳でもなさそうだ。


 だったら私に何の用事だろう?

 道にでも迷ったのだろうか?

 観光客にしては荷物が少ないが……。


 不審に思いつつ「なんでしょう?」と問いかける。

 本心ではもちろん他当たってくれ、と思いながら。


「暇なら俺らとお茶しませんか?」

「へ?」

「そこの店のケーキ、美味しいって噂だから来てみたんだけど、男二人って入りづらいんだよね」


 男の一人が指すのは、女性やカップルが列を作る店だった。

 確かに男性二人で並ぶのはなかなか勇気がいるだろう。だがそこでなぜ見ず知らずの私に声をかけたのだろうか。


「はぁ……」

 これが噂に聞く『ナンパ』というやつだろうか。

 面倒臭くなる前に逃げろってシンディが教えてくれたけど、今まで遭遇したことなかったから忘れてたわ。

 すでに会話を始めてしまっているため、これでは返事する前に無視してダッシュは使えない。


 ここまで話が進んだらどうやって乗り切るべきなのだろう?


「えっと、その……暇ではないので」

 警戒を強め、半歩ほど男達から距離を置く。

 けれど男達はそんな私に「お願いします! このために2時間かけて王都までやってきたんです!」と深く頭を下げる。


 あれ、もしかしてこれってナンパじゃない?

 私の勘違い?


 でも2時間で王都にたどり着くってそこまでの距離じゃないよね。

 確かに時間はかかるが、一度帰るなりなんなりして知り合いの女性を連れてくればいいのでは?

 でも2時間前から食べるぞ! とお腹をその状態でセットしていたのに食べれないのはなかなか辛いことなのは察することが出来る。



 ここは見ず知らずの二人に手を差し伸べるべき?

 それとも突き放していいものか。



 道行く人々の好奇な視線をこの身に受けながら「その~暇、ではないので~」とゆっくりと後退していく。けれど二人は逃がしてなるものかとなおも食い下がる。


 誰か助けて!

 心の中で叫んだそのときだった。


「遅いから迎えに来てみれば、何をしているんだ?」

「ディートリッヒ様!」


 救世主、ディートリッヒ様のご登場である。

 それに便乗して「ということで他当たってください!」と言い放ち、ディートリッヒ様とその場を後にする。

 とりあえず裏道までディートリッヒ様の背中を押す。

 そしてあの二人が見えなくなったあたりで彼の前に立ち、直角を越えて頭を下げる。


「ありがとうございました!」

「やはり困っていたのか」

「なかなか諦めてもらえず困っておりまして……。助けていただきありがとうございます」

「ならお礼につきあってくれ」

「はい! 何でも言いつけてください!」



 何でも、か――と呟いたディートリッヒ様に何でもは言い過ぎたか? と反省する。けれど固めた拳は引っ込みどころを失っていた。


「ついてきてくれ」

 そしてディートリッヒ様の言葉に従う以外の選択肢は残されていなかった・



 大量に買い物されたら持ちきれるかな?

 一抹の不安を抱えた私と、目的地に向かって突き進むディートリッヒ様。

 たどり着いたのは見覚えのある店だった。


「ここって……」

 以前買うことが叶わなかった薔薇のフィナンシェの店である。半分以上が女性で形成されたその列の最後尾にディートリッヒ様は何も言わずに加わった。すると彼に女性陣の視線が一気に集まる。

 前方にも他にも男性のみのお客さんがいることはいるが、主に使用人と思わしき方々。一方で表情筋の動きは少ないが、顔かたちが整ったディートリッヒ様。注目を浴びるのも仕方のないことといえるだろう。

 声をかけるタイミングを伺うようにチラチラとディートリッヒ様に視線を送る姿は恋する乙女によく似ていた。

 そんな女性陣から守るべく、私はディートリッヒ様の横に立つ。

 すると何だ、女連れか……と諦めて視線を反らすのだ。


 つまり私は女避け!

 私服姿であるのが都合が良かったのだろう。


 そもそも買い出しくらい言いつけてくれれば私達使用人が買ってくるのだが……。

 ピンと張った背筋のご主人様は何でも一人でこなしてしまうらしい。


「ディートリッヒ様」

「なんだ?」

「また今日みたいに声かけてくださいね。いつでもご一緒しますから!」

 無事にフィナンシェを確保し、私にまでお裾分けをしてくれたディートリッヒ様にそう伝える。


「…………ああ」

 目を逸らして小さく答えるその声に、私は思わず笑みがこぼれる。


 私の主人はどうやらメイドにも気を使いすぎるきらいがあるらしい。

 何でもしますからなんて約束がなくたって、ご一緒しますから。だから気軽に声をかけて欲しいものである。

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