第5話

 それからというもの思いの外、あっという間に1ヶ月が経った。

 初めは暇で暇で仕方がないだろうと思っていた仕事だが、始めてみるとそうでもなかった。仕事なんて探そうと思えば見つかるものである。いや、ベルモットさんに頼み込んで許してもらったといった方が正しい。


 まさか掃除させてくれっていうだけで、実行させてもらえるまで2週間もかかるなんて思わなかった。ベルモットさんからの承認が下りるまで5日、ディートリッヒ様から許してもらえるまで10日である。

 初めは至るところに飾ってある、いかにも高級そうな絵画に傷でもつけられたらたまらないから、なんて理由かと思っていたがそうではないらしい。なにせ玄関先の掃除ですらダメだと突っぱねられてしまったのだ。


「そんなことしなくてもいいのですよ」なんてどこの貴族だよと突っ込みたくなるのを抑えるのは大変だった。それでもしつこく訴え続けたお陰で、無事簡単な掃除までなら任せてもらえるようになった。

 屋敷の中限定とか、重いものの移動などは認めないなどの制限はついているが、それでも大きな一歩である。



 そしてそのやりとりが長引いた割にすんなり通ったこともある。


「手入れに来ましたよ~」

「はーい。今行きます」

「こんにちは、アイヴィー。今日はいろんな花の種と球根を持ってきたんだが、どれを植えようか?」

「そうですね、やっぱり季節感は出していきたいと思うんですが……」

「だとすると、これか……これ辺りはどうかな?」

「ではその二つを中心に……」


 ――それが花壇にどの花を植えるか、庭師と相談することである。

 目の前のお爺さん、通称ボブ爺 (本名は知らない)は元宮廷庭師である。私が城に働きに来て、2年くらいで定年退職していったのだが、まさか再会するとは思わなかった。

 そう、このボブ爺こそがアッシュ家に定期的にやってくる庭師だったのだ。実はボブ爺はベルモットさんのお茶のみ友達らしく、庭師の役割よりも定期的にベルモットさんとお話に来るついでに庭のメンテナンスをしてくれているらしい。


 初めて対応した時は数年ぶりに再会したボブ爺が庭の手入れ道具を一式抱えているわ、奥さんの手作りマフィンを持参しているわで混乱状態に陥ってしまった。

 その上、奥からコックさんも出てきてみんなでお茶しようと言うのだから、キャパシティオーバーになっても仕方のないことだろう。


 そんな状態で、相談役をかって出たのは今思い返してもよくやったと思う。

 どうせこちらも断られるだろうと「私、やりたいです!」と手を挙げればこちらはすんなりと通過したのだ。


「やっぱり女性の意見を取り入れた方が華やかになりますよね」

 まさかの満場一致で。

 その上、こちらはディートリッヒ様の意見を仰ぐ必要はないらしい。

 おそらくこれも前任者さんがしていた仕事の一つだからなのだろう。そしてボブ爺とも少しだけとはいえ交流があったのも理由の一つだろうとも思っている。


 私はその日から『お庭相談役』という仕事を手にしたのだった。

 もちろんその後のお茶会に参加するのも私の仕事の一つである。とはいえ、する事といってもお茶くみとボブ爺の孫自慢につき合うくらいだ。


 だがそれすらも私には『仕事』なのだ。だって仕事だと思わなきゃやってられない。


「それでな、孫が今年で18になったんだ。そろそろ結婚を、と思うんだが誰かいい人いないかね~」

 この定期的に発せられる鉛玉級の、悪気は全くない言葉に耐えられる気がしないからだ。

 ボブ爺に悪意がないのはすでに確認済みである。確認というか、話の流れから察しただけだけど。どうやらボブ爺は私はまだ結婚していないだけで、特定の相手がいると思いこんでいるのだ。


 普通あれだけ長く城に勤務していたら、貴族に見初められるなり、ほかの使用人と少しいい雰囲気になったりとかあるもんね!


 そう思う気持ちはよくわかる。ボブ爺は何も悪くない……。

 だからなにかしらの問題を起こして、泣く泣く城を追われたと思われなかっただけよかったと思うことにしている。

 そして自分の傷を少しでも浅くするため、この手の話題は適当に受け流すことにしている。


 別にそのうちそういう相手ができるかもしれないし! なんて考えてはいない。少し、しか……。


 だが私はまだディートリッヒ様への想いを諦め切れていないのだ。

 最近ではトキメキよりも、自分はなんて面倒な初恋をしてしまったんだという後悔のほうが大きくなってきているというのに……。

 その上、アッシュ家に仕えるようになってからというもの、顔を会わせる相手はひどく限定されるようになった。それはそうだろう。用件があれば手紙か、城内で直接済ませてしまえばいい。私だってそうしていたし。だからわざわざ屋敷を訪れる人はほぼいないのだ。そのため使用人の仕事が少なく、それに比例して使用人の数自体が少ないのである。

 そしてその顔を合わせる相手というのは、ディートリッヒ様を除く全員が50歳以上の既婚者である。働く姿は格好良く、尊敬する所は多いが、恋愛対象にはなり得ない。

 つまりは次の恋に進もうにもその相手に出会うことが出来ないのである。こちらも想いに踏ん切りがつけられない理由といっても過言ではない。



 何かいいことないかなぁ?

 職場と人には恵まれているから、これ以上を望むと神様に叱られてしまいそうな気がしなくもない。

 だが私も乙女なのだ。これでも、一応……。


 顔面偏差値が高い・地位が高い・収入が高い、の三高を望みはしないから、私と平凡な日々を過ごしてくれるような男性が現れてほしい。


 そんなことを思いながら、幸せな既婚者達の空になったカップに紅茶を注いでいくのだった。

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