第7話 ダンジョンアタック

 週末。

 今日は和弘たちが立夏を交えて初めてダンジョンに潜る日だった。


 目標は新宿ダンジョン――ジュクダンの十層以降。

 いわゆる未倒層を目指してのアタックだ。

 和弘は真央が出したミスリルソードを腰に、立夏は黒スーツの内に魔法銃。

 それが彼らの武装だった。


 ジュクダンは三層まではカジュアルな一般探索者も多く、毎日賑わっている。

 事実、配信で有名になった和弘たち三人は、そこかしこで握手やチェキを求められながらのアタックとなった。


 それでも魔物が強くなってくる四層のあたりからは一気に人が減ってくる。

 天井が高くなり、5メートルや10メートルといった大きな魔物が出てくるのもここからだ。さらに六層まで続く床の大穴が吹き抜けのようになっている為、ときおり深い階層の魔物も混ざってきて危険度が爆上がりなのだった。


「なんか五層で<ダンジョンバッファロー>の群れが暴走してるらしいわ」


 立夏が魔法省から受け取った最新情報を和弘たちに告げる。


 <ダンジョンバッファロー>の群れは、数にもよるが危険度Aの魔物群だ。

 深層から浅層に向かって暴走しながら移動し、カジュアル層まで上がってくると一般探索者をも巻き込んで惨事を起こす。


”群れが三層まで上がったら危ない”

”休日で一般人も多いからな、おおごとになっちゃうかも”


 配信のコメント欄もざわついている。

 ダンジョンが世界中に穴を開け、生死に関する価値観が昔よりも軽くなった時代とはいえ、好んで血を見たがる人間は少ない。

 惨事を回避できるなら回避させたいと言う視聴者がほとんどだ。


「じゃあ今日は、そっちの討伐に目標を切り替えようか」

「ありがとう斎堂くん、深層配信はまた今度ね」

「真央ちゃんと伏見さんの活躍が撮れるなら、俺はどちらでもいいさ」


 どちらにせよ立夏に魔法省から連絡があったということは、彼女に『討伐してくれ』という意味なのである。なにせ彼女は魔法省の実力派『ザ・クアドラブル』だ。


「<ダンジョンバッファロー>は群れると強敵よ、一人じゃ手に余る。真央ちゃんが居てくれてよかったわ。――って、あら? 真央ちゃんはどこ?」


 気が付けば真央が居ない。

 二人が周囲をキョロキョロしてみると、少し離れた床のくぼみに真央は居た。


「お兄ちゃん、宝箱です! 宝箱見つけました!」


 と、二人に向かって手を振ってくる。

 和弘たちが近づいていくと、そこには金色に縁取りされた豪華な木箱が置いてあった。


”おお宝箱。四層で見つけられるなんて珍しいね”

”質問いい? ダンジョン配信初見なんだけど、宝箱って誰が置いてるの?”


 音声化されたコメントを拾った和弘が、カメラを立夏に向ける。


「いい質問だなぁ。それは伏見さんに訊ねてみましょうか」

「え、私!?」

「はい、解説お願いします」


 突然アップで撮られて狼狽える立夏。目を泳がせながら彼女は口を開いた。


「あーっと……。少なくとも人じゃありません、研究では『ダンジョン自身』が設置してると言われてますね」


”ダンジョンが?”

”どゆこと?”


「ダンジョンが、人を呼び込むためです。同じく一部の魔物も、ダンジョンが生成している説が濃厚です」

「伏見さん、もっと砕けた口調でいいんだよ?」

「か、解説なんて斎堂くんがあらたまったこと言うから……!」


 急に顔を赤くした立夏に代わり、真央が答え始める。


「向こうの世界だと、こうしたダンジョンは『生きている』と言われてました。彼らにとってなにかしらの生存戦略や目的があり、人を呼び込む必要があるのだろう、と。その為の宝箱であり、魔物なんです」


”ま、まおちゃん!?”

”むつかしいこと言ってる?”

”やばい俺小学二年生が言ってることがわかんない!!!”


 和弘も一瞬驚いたが、すぐに納得した。

 そういや真央ちゃんには魔王の意識や知識が混ざってるんだもんな。知っていても当然なのか……って、いや?


 訝しむ和弘。

 もしかして、この「ダンジョン」ていうのは向こうの世界から魔王が侵攻してこようとした影響で生まれたものなのか?


「……びっくりしたわ真央ちゃん。真央ちゃんて本当に魔王ちゃんなのねぇ」

「はい! 真央ちゃんは魔王です!」

「こんどゆっくりその話とか聞かせてね」

「お構いなく!」


 和弘と立夏は咄嗟のアイコンタクトで意志を疎通した。

 いま配信中に、この話に突っ込んでいくと、自分たちに――つまり真央に――不利な情報も掘り起こしてしまいかねない気がしたのだ。

 適当に切り上げてしまうのが得策だろう。


「ともかく宝箱の類はダンジョンが自動生成してくれてる感じなのよ。ちゃんとした理由はわからないけどね」


”要約助かる”

”ま、その程度知ってれば配信見るには十分だよね”


「リッカおねーちゃん、そんなことよりさっそく開けてみましょう!」

「そうね、……って言いたいんだけど、このパーティーには技能士が居なくない? 鍵開けって罠が掛かってることもあるから――」


 ドシュン。

 立夏の口上が終わらないうちに、真央の手から高速でシュークリームが飛び出した。

 宝箱の蓋部分をいとも容易く吹き飛ばす。


「罠がついてたらそのときはそのときです!」


 真央がにこやかに言った。

 立夏は口をあんぐり呆然とし、和弘は達観した様子で肩をすくめてる。


”さすがまおちゃん男前”

”困ってから考えればいい理論すこww”


 中に入っていたのは大きめのエメラルドだった。

 売値が幾らになるかは素人揃いだからわからなかったが、50万は下らないだろうね、なんてコメントがあった。


 一層から三層までにも、頻度こそ低いが宝箱は生成される。

 カジュアル層がダンジョンに集まるのは、そういった「宝くじ」要素がウケているという点もあるのだった。

 ちなみにこの箱自体は、ダンジョン外に持ちだそうとすると粒子になって消え去ってしまうため価値がない。あくまで入っているものが『見つけた人間』への報酬となるのだ。


「50万かぁ。……課長が喜びそうだな」


 和弘がニコニコと呟いた。

 ん? と不思議そうに眉をひそめたのは立夏だ。


「課長さん? なんで? もう会社は辞めたんだし、関係ないんじゃ?」

「伏見さんこそなに言ってるんだよ、関係ないことはずないじゃないか。だって課長は俺たちのパーティーの管理者だよ?」

「はあ? 斎堂くん、貴方なに言って――」


 喰い掛かろうとした立夏が和弘に近づいていったそのとき。


「どうもこんにちは、ご紹介に預かりました斎堂の上司です」


 彼女の後ろから声がした。

 振り向くと、そこには課長が居た。

 パリっとした背広に整った八二分けの髪、知的そうな眼鏡。肌は艶やかで健康的な表情で、にっこり笑顔の細身がそこに立っていた。


「このパーティーは我が社で管理させて頂いております。はい、こちらがその書類のコピーです」


 立夏に紙を渡して課長は和弘の横に立った。


「おー、良い色合いのエメラルドだ。不純物もないし、カットも美しい。これは安くないな」

「ですよね。我が社に貢献させて頂いて幸せです!」

「うんうん。斎堂は偉いな」


”なんか雲行きがオカシイ”

”お兄ちゃんの会社って、まおちゃんに酷いことしようとしてたんじゃなかったっけ”

”そうだ、特級魔法契約書をまおちゃんに!”


「んー、違う違う。斎堂、視聴者の皆さんに説明して差し上げて」

「はい。視聴者の皆さん、あれは全て誤解だったんです」


”へ?”

”誤解?”

”どゆこと?”


「あれは課長の親心でした。悪い奴らに俺や真央ちゃんが騙されないように、という。それなのに、俺はあんな早合点してしまって……」

「なに言ってるの斎堂くん? 私にもメールの内容見せてくれたじゃない、早合点もなにも――」

「いいえ、俺の勘違いなんです! 課長は社会影響も考えて、俺たちを保護するつもりで会社で守ろうとしてくれていたのに、俺は、俺は……!」


”マジか”

”ここに来て課長さん良い人説?”


 和弘は懐から一枚の書類を取り出した。


「真央ちゃん、この書類にサインをしてくれないかな。そうすれば、お兄ちゃんと一緒だ」

「お兄ちゃんが、しろと言うならやぶさかではありませんが!」


”やぶさか!”

”むずかしい言葉を知ってらっしゃる!”


「ちょっとちょっと、オカシイわよ斎堂くん。子供に雇用契約書なんか書かせるの?」

「伏見さんにもあとで書いてもらうね」

「斎堂くん!?」


”なんかお兄さんおかしくね?”

”変”

”変だよなやっぱ”


「ほら真央ちゃん、コメントの皆も斎堂くんのこと変って言ってる! ダメだよサインなんかしちゃ!」

「いいんです、真央ちゃんはお兄ちゃんと一緒なら」


 真央は和弘の方を見た。


「ね、かずひろお兄ちゃん!」


 タブレットの上に書類を置いて、ペンを真央に渡そうとする和弘。だが。

 ――ガシャン。

 彼の右腕が震えて、タブレットを落としてしまった。


「なにしてるんだ斎堂」

「す、すみません課長! なんか、手が突然」


 タブレットと書類を拾おうとする。

 しかし右手が震えて、うまく拾えない。


「真央ちゃんが拾いますよお兄ちゃん!」

「あ、ありがとう真央ちゃん。じゃあ、このペンでサインを……」


 と左手で持ったペンを真央に渡そうとする。しかしまた、右手が勝手にそのペンを掴んで奪い、どこかに放り投げた。

 課長が怒鳴った。


「なにしているんだ斎堂!」

「え、いや……」


 右手だけが意志に反して勝手に動く。なにしているんだ、俺は? 

 和弘は自問した。俺はただ、真央ちゃんを安全を確保する為に会社の庇護下に入ろうと……。

 これが一番安全だと課長がアドバイスをくれて。


(おい)


 そうだよ俺は、真央ちゃんのために。


(おい)


 真央ちゃんの……!


(おい!)


 ――え?


(違うだろ。おまえは今、暗示に掛かっているんだ。勘弁してくれよ)


 あん……じ?


(強力な魔法具だったな、だから仕方ねぇけどよ。でもこうして声を掛けたんだ、さっさと目覚めてくれ)


 目覚める? 声を掛けた……?

 俺はなにをしようとしてたんだっけ。


(おまえは守ろうとしてたんだろ、魔王さまを。なんでだよ)


 真央ちゃんは、俺の大事な姪っ子だから。


(姪っ子だから、じゃねえよ! もっとよく考えろ、ほら思い出せ)


「え?」


 気が付くと、そこは夏の日差しが強く差す家の庭だった。


「あれ? ここは……?」


 みーん、みーん、と蝉が鳴いている。

 俺は、今ここでなにをしてた?


 呆然と立ち尽くす和弘。

 そこに背後から声が響く。


「かずひろおにいちゃん、みつけました! シュート!」


 一緒に、水鉄砲の水が、和弘に向かってビシューッ!

 ああそうだ、俺は今、真央ちゃんと水鉄砲サバイバーごっこしてたんだっけ。


 それは、ある夏の日の物語――。


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ジュクダン4層より下はとても広い空間になっております。それこそ天井までがちょっとした雑居ビルくらいの高さがあったり、広間みたいな場所が多かったり。広さ大きさは日本のダンジョンでは最大級と言われているのが新宿ダンジョンという設定です。あ、この時代の地下鉄どうなってるのかな、ちょっと考えてなかったぞw



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