第6話 結束式inマクナル② ……そして。

 30分ほどの食事風景を楽しくライブして、そろそろマクナルから移動しようか、という話になった。この後は小物ショップに行って、なにか皆で共通のアクセサリでも買うことで結束式のシメにしようか、との予定だ。


「その前にちょっと席外すよ。悪いけど二人で間を持たせておいて」


 和弘がトイレに行った間、立夏は真央ちゃんと二人きりになった。

 さて、なにを話せばいいのだろう。改めて二人にされると、迷ってしまう立夏だ。


「…………」

「…………」


 もくもく。もくもく。

 マクナルの残りを食べ続ける二人。


”あれ。一気に会話なくなった”

”リッカおねーさん、緊張してる?”

”ダンジョンでまおちゃんにボロ負けしたからな”


「別に緊張してるわけじゃないけど……」


 唇を尖らせながら、ちょっと不本意そうな顔をする立夏。


「みんなも真央ちゃん不思議すぎると思わない? なんでシュークリームなのか、とか」


”たしかに”

”たかしに”

”蟹”

”それはあるね”


「というわけで、おねーさんが真央ちゃんに色々質問してみようと思います」


 真面目な顔をした立夏が、カメラに向かって宣言する。


”キタキター!”

”しつもんターイム!”

”これは熱い”


「真央ちゃん、どうしてシュークリームなの?」

「ん?」


 残りのバーガーを頬張ってた真央が、立夏の顔を見た。


「手からシュークリームが出ちゃう理由ですか?」

「ええ。ハタから見てるとシュークリームは突飛すぎて意味がわからないの」

「うーん。それは真央ちゃんが、真央ちゃんの中にいる魔王と戦ったことに起因します」


”魔王? なにそれ”

”知らないとかもぐりかよ。まおちゃんは魔王ちゃんなのだ”

”いやでも俺も詳細は知らないぞ”

”静聴しようよ”


「真央ちゃんが魔王に負けないために強く思い出してたのが、お兄ちゃんとシュークリームを作ったときの楽しい思い出でした。それでシュークリームがポコポコ出始めたんです」

「どういうこと?」

「真央ちゃんにもよくわかりません! でも――」


 真央は少し目を伏せると、照れてるような嬉しがるような顔になる。


「あのときシュークリームはお兄ちゃんでした。お兄ちゃんが真央ちゃんをこの世界に引き留めてくれたんです」


”つまり?”

”なんかわからないけど、お兄さんがすごい”

”よくわからないことが、よくわかった”

”かわいいからヨシ!”


 この後、立夏が魔王のことを聞いたりするものの、真央の答えはどれも要領を得ないものだった。


『異世界』『転移の失敗』『魂の欠落』『下僕の消滅』


 なにを言ってるのか、わからない。立夏にはチンプンカンプンだ。


”異世界の魔王がこっちの世界も支配するため転移しようとして失敗した、みたいな話なんじゃない?”

”あーね”

”それじゃまおちゃん、魔王から俺らの世界を守った勇者じゃん”

”まおちゃんは魔王ちゃんで勇者ちゃん”

”かわいいからヨシ!”


「そうなの? 真央ちゃん」

「どうでしょう。今は真央ちゃんが魔王ですから!」


”幼女政権誕生”

”支配されたいです”

”政治家一直線”

”かわいいからヨシ!”


「でも、シュークリームが斎堂くんとの大事な想い出だったから、というのはなんとなくわかった気がする」

「はい、そうなんです!」


 嬉しそうな顔で真央が両手を広げてバンザイすると、手のひらからポコポコシュークリームが生まれ始める。それを見た店内の客が、どよめきながら拍手をしたのだった。


”めでたしめでたし”

”いい話だったね”

”ホンマか?”


「騒がしいね。二人ともなにをやってるの」

「真央ちゃんがお兄ちゃんを大好きって話をしてました!」

「そっか。俺も真央ちゃんが大好きだよ」


 席に置いたカバンを取りながら和弘がニッコリ笑う。

 二人の屈託のなさに、立夏は苦笑しながら肩をすくめる。


「即答なのね。貴方たち、ちょっと羨ましいわよ」

「えへへ」


 真央が笑いながら両手で頬っぺたを擦った。

 その頭の上に、和弘がポンと手を置く。


「それじゃ、外に出ようか二人とも。アクセサリを見にいこう」

「レシート見せて斎堂くん」

「だからここは俺が――」

「言ったでしょ、斎堂くんは会社辞めたばかりなんだからワリカンにします。おねーさんの言うことを聞くこと!」


 ハイ、と渋々レシートを渡す和弘なのであった。


 ◇◆◇◆


(まだ退職届を受理してなどおらんぞ)


 店内端っこの席。

 死角になりがちな目立たぬ場所で、その男は小さく独りごちた。


(だからおまえは、会社の命を聞く義務があるんだ)


 帽子にサングラス、マスクは……、コーヒーを飲むために一時外している。

 小さく呟いているその男は、和弘が働いていた会社の課長だった。


 彼の会社は今、ピンチに陥っている。

 幼い子供に特級魔法契約書を使おうとした事実が倫理的に問題視され、関連の取引先が皆手を引いてしまったのだ。


(あの子供に、あの子供にこの書類にサインさえさせてしまえば……!)


 彼の血走った眼は、サングラスに隠されていて見えない。

 だが、奥ではギョロリとした目が常に真央のことを睨みつけていた。


「見ていろ。まだ逆転の芽はいくらでもあるんだからな」


 真央ちゃんに、危機迫る――。


 ◇◆◇◆


 次の日。

 真央が学校に行っている間、和弘は家で動画の編集作業をしていた。


 ライブ配信だけではなく、自分たちの活動をわかりやすくビジターに伝える為の案内動画を作る。動画配信の事務所などに所属していない彼らは、広告的な作業も自分らの手で行わねばならないのだった。


 家には今、和弘が一人いるだけ。

 真央の両親は忙しく日本中を飛び回る仕事をしているので、あまり家には居ない。

 彼女が和弘にとても懐いている理由の一つだ。


 呼び鈴がなった。

 ちょうど休憩に入った和弘が、お茶でも入れようかと思ったときのことだ。


「なんだろ。別に今日は届き物がある日でもないし……」


 町内会のお知らせなどもだいたい郵便受けに入れられていくだけなので、本当に心当たりがない。

 疑問に思いながらも台所から玄関に向かう彼が戸を開けると、そこには見知った顔の男がいた。


「課長……?」

「久しぶりだな、斎堂」

「ど、どうしたんですかこんなところまで」


 和弘が思わず右手で自分の頬に触れてしまったのは、自身がギョッとした顔をしてしまった自覚があるからだ。

 それほどまでに、今彼の前にいる課長の姿はやつれていた。


 いつも整えられていた髪は乱れているし、ネクタイの閉め方も妙に雑、背広もヨレヨレだ。

 どうしてしまったのだ、と一瞬考え、すぐに「いや」と察した。


 いま会社は真央ちゃんへの対応が問題視されてネットで吊るしあげを食らっている、色々と大変なのだろう。和弘は目を伏せた。


「どうしたはないだろう。斎堂の退職届に不備があったから、わざわざ訪ねてきたんだ。おまえ、俺からの電話に出ないからな」

「え!? それは……、いや、どうもすみません!」


 退職願は郵送で送った。

 なにせ会社を辞めるのは初めてな和弘である。不備があると言われて、しかも自分が電話に出なかったせいで課長に手間を掛けさせてしまったと恐縮のていだ。


「なに、いくつか書類にサインして貰うだけだ。上がらせて貰ってもいいか?」

「はい。どうぞこちらに」


 客間に課長を通し、お茶を出す。

 さっき淹れかけていたものは冷めてしまったので最初から淹れなおした。

 和弘は二階の自室からハンコなどを持ってくると、課長の前に座った。


「お待たせしてしまいました、課長」

「まったくおまえは。業務の引継ぎもしないで」

「すみません……」


 辞める切欠を作ったのは会社側なのだから、謝る必要もないはずなのだが、つい頭を下げてしまう和弘だ。


「まず健康保険証を返却してもらおうか」


 という和弘のウッカリ不備から始まって、幾つかの書類に署名をさせられる。

 これは会社を辞めたあとの業務守秘に関する誓約書などだ。その中には、これ以上動画などで会社の立場が悪くなる情報を発信しないという誓約書も混ざっていた。

 もう触れる気はなかったので、それにもサインをする。


「うん。じゃあこれらを確認してくれ」


 離職票や退職証明書などを渡してくれる課長は淡々としていた。

 蹴とばしてくるのが日常的だった人とは思えないが、案外会社という枠から外れた者にはこんなものなのかな、と和弘は一人で納得した。


「そうそう。これにもサイン貰えないか」

「あ、はい」


 とペンを取って署名しかけて、気が付いた。

 それが、特級魔法契約書だということに。


「か、課長……? これはいったい」

「斎堂、おまえ魔法使えるようになったんだろ? じゃあ、おまえのことも、これで縛れるよな」

「なんの冗談――」


 問い返そうとした和弘の胸に、課長の手が伸びてくる。

 その手に握られていたのは強力なスタンガンだ。本来なら今の和弘は造作もなくそれを避けられるはずだったのだが、このときばかりは油断した。


 課長の表情がまったく変わらなかったからだ。

 疲れ果てた顔のまま、ごく自然に手を伸ばしてきた。


「グガッッッ!?」


 客間に倒れる和弘。

 意識はあるが、身動きが取れない。


「冗談なんかじゃない。斎堂にはもう少し仕事をしてもらう」

「サインなんか……しませんよ」

「おまえの手にペンを握らせて、俺が代わりに書いてやる。知ってるか? 親指で血印を押しさえすれば、この契約書はそれでも効力を発揮するってことを」


 課長が初めて笑った。


「もともと、魔法犯罪が急増した時期に強引な処置をするために作られた魔法具だ。知られていないが、こういう抜け穴もあるのさ」

「ハッタリ……だ」

「本当かどうかはこれからわかる。大丈夫、暗示用の魔法具もアキバで手に入れてきたから斎堂の良心は痛ませず真央くんにサインをさせるさ」

「……ぐっ」

「領収書の使えない高額脱法品だ。こんな自腹まで切ったんだからな、存分に働いてもらうぞ」


 いま彼の会社は仕事の取引先を失い、銀行にも責め立てられている。

 早く信用を取り戻さないことには、近日中に不渡りを出しかねない状態だった。


「まずは弊社との件が誤解だったと、急ぎ喧伝して貰わねばな」


 手段など、選んでいられない。

 それが課長の置かれた状況なのだった。


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魔法具は現在超絶進化中のアイテム群で、魔力のない一般人でも魔法を使うことができるようになるモノです。だいたい1回の使い切りなのでコスパが悪いものの、中には法で使用や製造を禁止されたレベルの強力なモノも存在しています。課長が手に入れたモノも、イメージでは車一つくらいポンと買えるほど高額という感じですです。

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