第5話 結束式inマクナル①

『特集! 魔法省の闇!』


 新宿一等地にある大きな街頭スクリーンに、ニュースでいま話題のキャッチが表示されていた。

 和弘たちのネット配信で露見した『魔法省が特級魔法契約書を使っていた』という話は大きなスキャンダルとなり、連日テレビや週刊誌を騒がせている。

 これまで特級魔法契約書にさしたる興味を持っていなかった層も巻き込んで、その存在が問題視されてきたのだった。流れに乗ったまま、ほどなくこれは違法となるだろう。


 真央たちは『世論を動かした張本人』とした形ではあるが、どうにか和弘の思惑通り衆目を集めることに成功した。

 web上ではたくさんのファンが付き、国はもう彼女たち無碍に扱うことが出来なくなった。


 あのダンジョン配信をした次の日、和弘と一緒に魔法省へと赴いたときにはもう、特別なものを扱うような恭しさで真央は対応されたものである。

 彼女は自由に『魔法省の研究や仕事を手伝う』だけの立場となった。世論に守られた状態となったのであった。


 呪いに近い契約から解放された伏見立夏は、魔法省をやめこそしなかったが、これまでの仕事とは打って変わって、ダンジョンの探索を主とした仕事に配属された。

 そもそも彼女は未知のモノが好きで『魔法』省に在籍していたのである。ダンジョンの未知なる領域の探索は、彼女が本来望んでいた仕事なのだ。


「こんなトントン拍子な展開でいいのかしら……」

「ネットが普及した今はスキャンダルを揉み消しにくい時代だからね。一度問題視されたら、形の上だけでも反省したそぶりを見せないといけないのが今の魔法省なんだと思う」


 新宿の街中、バーガーショップ『マクナル』でポテトを摘まみながら、立夏の疑問に答える和弘。ドリンクのストローに口を付けた立夏が、皮肉げな笑いを閃かせた。


「そぶり、ね。確かにそうなのかも。意識改革なんて簡単になされるわけないものね」

「そう。だから俺たちは、結果を出す必要がある。ダンジョンの奥底をこれまで以上に探索して情報を集めたり、高度な魔法工芸品アーティファクトを収集したり」


 和弘はアイスコーヒーを一口啜って、続ける。


「ネットのみんなが味方をしてくれている今のうちに、この方面での有能さを示す。俺たちを『自由にさせておく』ことの有益さを魔法省の連中に認めさせないと」

「話はわかったわ。つまり今日、あなたが私を呼び出したのは……」

「察しが良くて助かるよ。ご想像の通り、俺たちと共闘しませんか、という話なんだ」


 速やかに一定の結果を出す為に、和弘たちは立夏の持つ魔法省内の知識が欲しい。立夏も和弘たちの戦力があれば、ダンジョンの奥へと進む助けになる。

 互いの利害は一致している、と和弘は説いたわけなのだった。


「配信、するのよね?」

「それはもちろん。ネット民の応援あってこそ、俺たちは一時的な自由を得られたわけでもあるしね」

「魔法省は良い顔しないでしょうね」

「今さら伏見さんが気にする意味は薄いと思うよ?」


 魔法省が良い顔をしない、というのは和弘たちが世論を味方にしようとしてどうこう、という話ではない。情報の秘匿に関しての話なのだった。


 今の時代、ダンジョン攻略は日本に限らず他国や一部大企業も大々的に乗り出している。

 最前線の情報は秘匿し、他から抜きんでるための研究に使う。

『魔法』という突如湧いて出た技術の解析に、国も企業も躍起になっているのだ。


 そのため民間に下りてくる情報は、ひと昔前のものが多い。

 が、和弘が真央と立夏を配信するということは、その辺の最新情報が筒抜けになるということ。魔法省所属の立夏が躊躇うのも仕方ないことだった。


「いいわ、飲む。貴方の言う通り、スキャンダルを公にした私が今さら魔法省の顔色を窺っても仕方ないしね」

「決まりだ。それじゃ今日はパーティーの結束式と洒落こもう」


 そういうと和弘はスマホを取り出した。


「あ、真央ちゃん? ……うん、うん。そっか。じゃあ昨日の場所で」


 電話の先はどうやら真央だ。

 立夏は口にしたドリンクを置くと訊ねる。


「真央ちゃん、ちいちゃいのにスマホ持ってるのね」

「持ってもらうことにしたんだ。これからなにがあるかわからないしね」


 それに、と和弘は続けた。

 興味持って彼が調べたところ、小学生低学年でも今どきはスマホを持つ子供が少なくないらしい。


「いい機会だったと言えばいい機会だったかも」

「そういえば真央ちゃんが最初にバズっちゃったのも、友達がスマホで撮った映像からだっけ」

「まさかあんなことになるとは思わなかったと反省してるらしいよ。謝ってきたってさ」


 もっともその悪戯心のお陰で俺たちは助かったんだけどね、と、和弘は苦笑する。

 なにが幸いするかわからない世の中ね、と立夏が窓の外を見る。

 自分が自由になれたのもまた、ある意味その子供たちのお陰なのである。


 窓の外には、自由に街を歩いて買い物などを楽しんでいる人たちの姿。

 少し前の自分には、そんなことさえも許可が必要だったっけ。


 それが今は、こうして好きな時間に出歩いてマクナルでポテトを頼むことさえできる。

 なんと素晴らしいことか。


 と、自由への感慨にしばらく浸っていた彼女なのだが。


「……なに、カメラなんて構えて」


 気が付けば、ポテトを摘まんでいる立夏を和弘のカメラが捉えていた。

 和弘はカメラの液晶を覗き込みながら、


「え、だから結束式を」

「まさか配信してるの!?」

「うん」

「ちょっ! ヤダッ!」


 立夏が慌てて、摘まんだポテトを箱に戻す。


”配信キター!”

”いきなりのリッカ飯”

”我々をお気になさらずお食べ下さい”


「もう、なに考えてるのよ! 配信始めるなら言ってってば!」

「言った! 言ったよ! 聞いてなかったの!?」


 聞いてなかった。

 恥ずかしさに顔を真っ赤にさせる立夏の映像は、この日の切り抜き動画として拡散されていくのだけれども、それはまた別の話。


”今日の配信はなに?”

”ダンジョンじゃないね、マクナルか?”

”突然のお食事配信”


「えっとね、今日は真央ちゃんと伏見立夏さんがパーティーを組むことになったので、その結束式の様子を配信させて頂きます」


”うおおおおお”

”最強パーティーがここに誕生!”

”お兄さんはあくまで『カメラマン』のポジなんだなw”


「おにいちゃーん!」

「来たね、真央ちゃん」

「斎堂くん、結束式ってなにをやるつもりなの?」

「よくぞ聞いてくださいました!」


 立夏の問いに元気よく答えたのは、和弘ではなく真央だった。


「シュークリームパーティーです!」


 ぽぽぽぽん、と手の平からシュークリームを出す真央は、だが、一分後にはしょんぼりしていた。


「お客さま、他所からのお持ち込みは困ります」


 店員さんに怒られてしまった真央たちなのだ。


”それは、そう”

”お店でのマナーだよまおちゃん”

”これはお兄さんが悪い”

”悪い”


 しょんぼり真央がリュックにシュークリームを詰め込む。


「シュークリーム美味しいのに」

「そうだね、美味しいよね。でもここは食べ物を売っているお店だから」


 みんながここで食べ物を買わずシュークリームばかり持ち込んでたら、お店の人がお金貰えなくて困るでしょ? という旨を丁寧に伝える和弘だった。


「たしかに!」


 なにか新しい発見をしたかのように目を輝かせて頷く真央。

 フンス、と鼻息が荒いのは興奮か。


「ハンバーグをたくさん食べてのお祝いに切り替えます!」


”すべてをりかいしたまおちゃん”

”えらい”

”ドヤ顔かわいい”

”かわいい”

”かわいい”


「そうだねそうしよう」


 結束式とは詰まるところ、三人でのお食事会だった。

 女性、小学生、あと成人男性。和弘以外は大した量を食べたりしないだろうと、視聴者の誰もが思っていただろうが、始まってみればそんなことはなかった。


「この、ビッグマクナルは凄くおいしいです!」

「こっちのグラタンコロッケバーガーもおいしいわよ真央ちゃん」

「ホントだ美味しいです!」

「やだ、そんなに頬張っちゃダメよ女の子なんだから。ほら、お口拭いて」


”おいおい、女性陣どんだけ食べるの?”

”下手な大食いチャンネルよりすごい”

”聞いたことがある。魔法を使える人たちは、たくさん食べるようになるって”

”はえー、おどろいたー”


「そうなんだよ。魔法を使えるようになった代わりに、俺たちは燃費が悪くなってしまうぽいんだ」


”俺たち?”

”お兄さんも魔法を使えるの?”

”剣が使えるだけじゃなくて?”


「もちろんです! なにせお兄ちゃんは真央ちゃんの下僕ですから!」

「斎堂くんも魔法使えたんだ? それなのに魔法銃を持たないの?」

「俺の触媒は、真央ちゃんの魔力なんです。だから真央ちゃんが近くに居れば魔法銃がなくても魔法が使えます」


”みせてみせて!”

”お兄さんの魔法見てみたい!”


「俺の魔法は、なんというかモノを動かす系のもので……」


 そういうと、和弘はカメラを立夏に渡した。


「ノームの片手」


 和弘が声を出すと、それに反応したテーブル上の紙屑が浮かぶ。

 そのまま彼がツイっと指を動かすと、紙屑が店内のゴミ箱に向かってフワフワと移動し始めた。最終的には、カコン、とゴミ箱の蓋が開き、そこに紙屑が収まる。


「それっ!」


 指揮棒でも振るように和弘が両手を大きく動かすと、今度は紙屑が一斉に動き出した。同じように空中を移動して、順番にゴミ箱へと収まっていく。


「おおおおおー!」


 と湧いたのは、ネットのコメントではなく店内だった。

 思わぬ見世物に、拍手が沸き上がる。


”店内拍手喝采wwww”

”これ地味に役に立ちそうな魔法じゃね?”

”だなー。利用価値高そう”


 地味に、どころか系統魔法で空を飛ぶことすらできる和弘だ。

 しかしまだそれを、皆は知らない。


”にしてもゴミ多すぎ。三人でどれだけ食べたのwwww”

”いくらマクナルでも、これは大きな出費になりそうw”

”お兄さんのお財布が!”


「あとで二人で割り勘にしましょ。斎堂くん、会社辞めたばかりでしょ?」

「大丈夫。もともとお金を使う方じゃなかったから蓄えはあるんだ、当分問題ないよ」


 立夏からカメラを受け取りながら和弘は笑った。


「配信の一環だからね、ここは俺が持つよ」

「ナマイキ言わないの。お金は大事よ、おねーさんの言う通りにしなさい?」


”おねえさん!”

”おねえさん!”

”おねえさん!”


「それにこれは結束式なんだから。一緒に出し合って結束を固めましょ」


”さすがおねえさん!”

”これぞおねえさん!”

”きっとおねえさん!”


 この日、立夏はしっかり者おねーさんキャラを確立したのだった。


--------------------------------------------------------

立夏は和弘より少しだけ年上設定です。和弘24歳、立夏25歳、くらいなつもりでした。おねーさんです!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る